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喧嘩
「オマエ、ほんとに邪魔。自分の席に戻れ。」
声の調子が冗談の域を超えていたので、教卓の上の、今、チェックしていた生徒たちの提出物から目を離して、頭を上げて声のほうを見た。
「いやだね!オレはここで勉強しとるんよ。」
「オマエ、ほんとに邪魔。戻れよ。」
「……」
「……オマエ邪魔。戻れ。あっちに行け。あっちに行けよ!」
声の本気度がどんどん増していく。
テスト前日の自習中のざわざわした教室で、教卓の目の前真ん中の2列の、一番手前にサッカー部4人、一番後ろにソフトテニス部とバスケ部の計4人、その間の少し後ろ目の場所で、混合4人が椅子を近づけて、自習をしていた。言い合いになっているのは、混合4人のうちの二人。
少し遠いし、ざわざわしていてよく聞こえないが、どうやら残りの二人が話を逸らして、ちょっと落ち着いたように見えた。
再び教卓の上に目を降ろした。でも、その後すぐ……、
「……だからぁ、オマエあっちに行けって!邪魔!邪魔だって!!」
と、かなり大きな声。あっ、と思って目を上げると、一人が立ち上がって、もう一人の制服をつかんで、窓際の前方の席のほうに怒った顔をして引っ張っていく。
急に静まって、みんなが驚いて二人を見上げている。
引っ張られているほうが、
「おい。……やめろって。先生、これは暴力ですよね!?」
と、わたしに。
わたしが黙って頷くと、引っ張っているほうは、投げ出すように手を放して、座っていた席に戻っていった。
引っ張っていたほうは、戻って、ドンッと椅子に座った。
すると、引っ張っていたほうに、後ろに座っているソフトテニス部主将とその友達が、低い声で
「オマエさあ、暴力はだめぞ。」
引っ張っていたほうは、
「はぁっ、オレが悪いんじゃないやろっ。アイツが最初に」
「いや、だめやろうが。アイツがどうでも、手を出した時点でオマエの負けやろうが。」「そうぞ、オマエが悪いことになるんぞ」
と主将と、もう一人のソフテニ部。バスケ部二人も、うんうんと頷いている。
「…………」
引っ張っていたほうは、ガタッと立ち上がって、荒っぽく椅子を抱えあげた。周りの少年たちが少しよけて空間ができると、机の列を1列越えさせてから、音を立てて椅子を降ろして、黙って本来の自分の席のほうへ、目を伏せて、こわい顔をしてそれを引きずっていく。
すると途中、引っ張られたほうの少年の、不在の机に、椅子が引っかかってしまった。たまたま。
一緒に引きずられた机が、大きな音を立てて倒れた。机の中身も、机の上のものも、床の上にばらばら。
衆目の中、ぎこちなく椅子を置いて、下を向いて、引っ張ったほうは黙って片付け始めた。
わたしもそうっと歩いて行って、黙って手伝う。(……しかない。)
きちんと片付いて、最後に、引っ張ったほうの少年のか、その前の席の少年のか、分からないパーカーが1枚、床の上に落ちている。
拾いあげて、
「…どっちの…?」
と、引っ張ったほうに訊いたら、
「こいつのです。」
と、引っ張られたほうの机を見ながら答えてくれた。
かるく畳んで、机の上に置いておいた。
再び、教卓に戻って、自習。
振り返ったら、引っ張られたほうは、いつもより興奮気味に、窓際の席の、このクラスで一番賢くて穏やかな少年に、どうでもいいような話を聞いてもらっていた……。
ーーーーーー というようなことがあったんだったな、
と、採点をしようと、そのクラスの答案を出して見ながら、思い出した。
二人はあの後、どうなったんだろう。見たところ、テストはまったく、いつもどおりの出来のような気はするけど……。