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もう一つの世界、28  かっぱ と もやし6/9

カッパ と もやし 6/9

 
 次の日、お寺に泥棒がはいってつかまったことは、あっというまに村じゅうにひろまった。
 ぼくとかっぱが学校にいくと、さっそくすいかと、きゅうりがはなしかけてきた。
「おまえら泥棒つかまえたんやて。すごいなあ。どうやってつかまえたんや?」
 かっぱは、胸を張っていいよった。
「おれともやしで捕まえたんや。おれらが気づけへんかったら、ぜったい仏像は盗まれてたで。」
「どうしてわかったんや?」
「花ばあのおかげや。」
「花ばあ?なんでや、花ばあがおしえてくれたんか?」
「ちがう、お寺に薄明かりがみえたから、また、花ばあがいてるんかなとおもって、みにいったんや。そしたら、仏像泥棒やったんや。」
 すると、すいかと、きゅうりは、
「それやったら、前の肝試しに参加したぼくらも、ちょっとは役立ったということやな。」
 勝手にきめつけていた。
 それまでだまって聞いていた木本が、
「あんたらに捕まるくらいの泥棒なんやから、よっぽど、どんくさい泥棒なんや。」
 きゅうりも、笑いながらいいよった。
「そうやな。よっぽどあほな泥棒やな。」
 ぼくも、たしかにあほな泥棒やったなとおもったら、笑いがこみあげてきた。かっぱもしかたないなあというように頭を掻いてた。
―おもしろいなあ。
 ぼくは、知らんまに、この田舎と友だちになじんでた。
 
 放課後、いつものとおり夏祭りの練習にでかけた。
 公民館につくと、山田のおっちゃんが、みんなの前で、あらためて、ぼくとかっぱをほめてくれた。泥棒を捕まえたおかげで、ぼくは夏祭りの盆踊りの正式メンバーになった。
 山田のおっちゃんに『これで今日から正式メンバーや。』といわれた。でも、カッパに聞いても、
「なにがちがうんやろなあ、まあ、気分の問題やろなあ。」
 と、わろてた。
 山田のおっちゃんは、
「ほら、昨日のご褒美や。」と、アイスキャンデーを1本づつくれた。
 ちょっと得した気分や。
 かっぱが、笑いながらいいよった。
「これが正式メンバーになったしょうこやな。」
 ふたりで、にこにこしながら、公民館の部屋の隅でたべてた。そうしたら、中年の女の人がとびこんできた。
 心配そうにあたりをきょろきょろみて、かっぱを見つけると、あわてて駆けよってきた。
「ケン、あんただいじょうぶやったか?どこもけがしてないか?」
 かっぱはびっくりしてさけんだ。
「母ちゃん。どうしたんや?」
 未希ちゃんが、かっぱの声に「お母ちゃん!」とさけんでかけよってくると、かっぱよりさきにだきついた。
 山田のおっちゃんは、三人の様子を見て、かっぱのおっちゃんをよぶと、
「やっさんも、話があるんとちがうんか。」と、うながした。
 かっぱのおっちゃんは、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げると、
「ここにおったら、練習の邪魔やから、あっちへいこか。」
 表の道へ三人をつれだした。未希ちゃんは、ずっとお母ちゃんにだきついてる。
 かっぱのお母ちゃんも、しっかり未希ちゃんをだいてた。
 未希ちゃんがさみしかったんは、あたりまえや。ぼくにはようわかる。
 それから、長い間話し込んで、なかなか四人はもどってけえへんかった。
―どうしたんやろう?
 しんぱいやったけど、練習してたらだんだん盆踊りの練習に熱中してきた。
 けっきょく、四人はもどってけえへんかった。
 ぼくは、しかたなくアイスキャンデーをなめながら、木本と一緒に帰った。ふだんやったら絶対かえらへんのに、どうゆうわけか木本から、
「一緒にかえろ。」と声がかかった。
夜道がこわいんかなあ。やっぱり女の子やなあとおもったけど、よういわへんかった。へんにいったら、何言い返されるかわからへん。
 木本は、なにかいいたそうやった。ぼくがたずねたら、
「もやしはしらんとおもうけど、かっぱのおばちゃんな、おっちゃんとけんかして家出してたんや。おばちゃんは悪ないで。おっちゃんのお酒が原因なんや。それに今度で二度目なんや。ほんま、なんで大人はお酒が好きなんやろなあ、子どもがくろうするだけやわ。」
 ぼくのことをもやしとよんでる。ぼくも木本のことをTシャツとよびたかったけど、よぶ勇気がでえへん。どうも、女の子はにがてや。
「でもまだ離婚してないからましや。はよ仲直りして、また四人で住めたらええのになあ。」
 僕は、つい自分のことと、かっぱのことをくらべていってしまった。すると木本は、何かを感じたのか、
「もやしはなんで、一人でこっちに住んでるの。両親はいてるんやろ?」
 いつからやろう、ぼくのことをもやしとよぶようになってるんやろう。もうべつにもやしとよばれても腹はたたんけど、両親のことをきかれるんはつらかった。ぼくは、きこえてないふりをして、返事をせえへんかった。木本もそれ以上きいてけえへん。なんか聞いたらあかんと感じたんや。ぼくと木本はそれから何もしゃべらんと家にかえった。
 こういうときは時間がたつのがおそかった。ぼくは、夜空を見上げながら夜道をあるいた。どの星もさみしそうに、がまんしてまばたいてた。
 
 次の日、小学校にいったら、ものすごく元気なかっぱがいた。
 顔を合わせるとすぐに大きな声で、
「もやし、おはよう!
 運動場でドッジボールやろうぜ。」
 ボールをもって、さっさとかけていった。
なんや、人が心配してたのに、めちゃくちゃ元気やないか。
 でも、ひょっとしたら、から元気なんかもわからへん。わざと元気そうにみせてるだけかも。
 ぼくも、前の小学校で両親が離婚したとき、みんなにしられるのがいやで、わざと元気なふりをしてた。かっぱもそれやったら、そっと、わからんふりをしとかなあかん。どっちかわからんから、もうすこし様子をみてからきいてみようとおもった。
 結局、かっぱは元気なままやった。放課後、みんなと一緒に公民館に盆踊りの練習にいったけど、かっぱのおっちゃんも、いつもに比べて、冗談を言ってはみんなを笑わせている。これは絶対なんかいいことがあったんや。
 ぼくは、かっぱにききにくいから、未希ちゃんにそっときいた。
「なあ、なんかいいことあったんか?」
 未希ちゃんは正直や、
「お母ちゃんが帰ってきた。あれからな、家に帰って、お父ちゃんと、お母ちゃんが夜おそくまではなしてた。それで、朝おきたら、おかあちゃんがおって、あたしも、かっぱも喜んだけど、お父ちゃんが一番にやけてた。ほんま、大人ってようわからんわ。」
 やっぱり、未希ちゃんはおもしろいなあ。自分のお兄ちゃんのことを、かっぱとよびすてにするし、親のことをぼろくそにいいよる。これやったら、だいじょうぶや。
 ぼくは、公民館の練習の帰り道、かっぱにきいた。
「未希ちゃんにきいたけど、お母ちゃんが帰ってきたんやて。」
「そうや。あれから家に帰って、お父ちゃんと、お母ちゃんがはなしてた。お父ちゃんがな、なんていうたかおしえたろか?」
 かっぱがわらってる。   
「なんていうたんや?」
「あのな、『いつまで買い物にでかけてんねん。もう、いいかげん帰ってきたらどないや。』やて、笑うやろ。素直に謝って、帰ってきてくれいうたらええのになあ。」
 ほんま大人の考えることはめんどくさい。北野先生も、悪いとおもったら素直にあやまりなさい、といつもゆうてるのに、ほんま大人は素直やない。
「それで、おばちゃんはなんていうたんや。」
「面白いで、『あたしは、買い物なんかにいってないで。あんたがでていけ。いうからでていったんや。帰ってこいという前に、なんかゆうことあるやろ。」やて。
 そらそうや、でていけゆうたお父ちゃんが悪いからな。でも、素直によう謝らんねんなあ、お父ちゃんは。それでなんてゆうたかしってるか?」
 ぼくは、あのいかついおっちゃんの困ってる顔をおもいうかべてわろてもうた。
「謝ったんか?」
「それでも謝れへん。子どもの前でよっぽど謝んのがいややねんやろなあ。」
「それやったら、おばちゃん帰れへんやろ。」
「そのかわりな、『おまえが、帰ってけえへんから、家に酒がないんや。そやから、おまえがでていったばんから、一滴もお酒飲んでないで。』やて。
 大人って、ほんままわりくどいなあ、素直にあやまって、反省してる、お酒はやめたっていうたらええのになあ。」
「ふーん、おばちゃんはなんていうたんや?」
「ちょっとわろてた。それでな、『あたしは帰ってきても、お酒はかいにいけへんよ。』やて。
 それから夜遅くまで二人ではなしてた。朝起きたら、おかあちゃんが朝ごはんつくってたから、きっと、ぼくらのしらんとこで、おとうちゃんが謝ったんやとおもう。」
 うれしそうなかっぱの気持ちが、ぼくにはようわかる。離婚してたら、みんなが悲しむだけや。そら元気もでるわ。
「よかったなあ。離婚せんと元に戻って。」
 ぼくがいったら、かっぱは、前を見ながら、きいてきた。
「なあ、一つきいてもええか?」
「なんや?」
「もやしは、なんで一人で田舎にきたんや?ちゃんと両親はいてるんやろ。」
 ぼくは聞かれて、下をむいてしまった。でもいまやったら、かっぱに話せる気がした。
「ぼくんとこは、離婚したんや。
 お父ちゃんが、仕事に失敗して借金こしらえて、でていった。それで、お母ちゃんは働きにでなあかんようになって、ぼくはおばあちゃんのとこにあずけられたんや。
 でも、お母ちゃんもたいへんやし、二年間だけという約束やから。」
「もやしのほうが、たいへんなんやなあ。」
 かっぱには、ぼくの気持ちがわかってくれたはずや。
 かっぱはしばらくだまって、なんか考えてた。かっぱの家の前でわかれるときに、きゅうにいいよった。
「アユ取りおしえたろか?」
「えっ、なんで?」
「うん、おしえたる。」
 自分でなっとくしてる。
「おまえ、お金ないやろ。とったアユを売ったら、お小遣いになるで。それやったら、おばあちゃんにも気をつかわんでええやろ。」
 かっぱが笑いながらいいよった。
「もやしから、かっぱに変身や。」
「おれもかっぱになるんか。」
 なんかおかしかった。小遣いができたら、そらうれしいし、まえから一度アユ取りをやってみたいとおもてた。
「でも、ぼくがアユをとったら、かっぱのお小遣いがへれへんか?」
 かっぱは、はじけたようにわらいよった。
「いうたな、アユを取るんは難しいんやで。そんなに簡単にかっぱになられへんで。」
 いばっとる。
「そうか、そうやな。簡単にとれたら、みんながとるわな。それやったらええかなあ。」
 ぼくは、祭りが終わったら、かっぱといっしょにアユ取りをすると約束した。
「川で遊んで、お金がもらえるんやったら、一石二鳥や。」
 それに、両親のことをかっぱにいうことができて、やっとすっきりした。いままで、だれにもいわへんかったから、ずっとたまってたもやもやが、かっぱにいうことができて、やっとすっきりした。
 みあげた夜空のお星さんも、にこにこ、わろてた。


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