五街道雲助『つづら』

久々に雲助さんを聞く。NHKの地上波の番組にて。
珍しい噺のようで、他にはやり手がないという。
あまり心持ちのいい噺ではない、というこの小品を、
わざわざ選んで掛けるのは・・と調べてみると
めったにやらない秘蔵噺、とのこと。


はなしの筋は簡単だ。
博打の借金で首が回らず、どこからも借金を断られている左官の由蔵。
成田のおじさんのところに借金の依頼に行くので
2,3日留守にするとでかけるが、すぐ近くで知り合いのおばさんに
呼び止められて、女房に間男がいると告げられる。
現場をおさえようと、そのおばさんの家で時間を潰していると
質屋の旦那が訪ねてくる。
酒を飲みながらの女房と質屋との短いやりとりから、
借金を払ってもらう代わりに・・・ということが知れる。
そこに踏み込もうとする亭主。あわてて女房はつづらに質屋を隠す。


いきりたってつづらを開けようとする亭主を押さえて女房は
「借金取りがこなくなったのは何でだと思う。
金を払ったからだと思わないか。それを開けたら恩知らずになる
だけじゃない、おまえが美人局になっちまう、悪いのは私だけでいい」
と必死に止める。
美人局というのは、まあ詐欺の一種で、女が客を引き
男と懇ろになったところで亭主が踏み込んできて
「よくも俺の女房を」と強請るというもの。


亭主は女房の訴えを聞き、元はといえば自分の不始末だと
つづらを開けないことにするが、それではどうにも気が済まないと
つづらを縛り、それを背負って質屋に行き質草にとってもらおうとする。
質屋の番頭は断るが、そこに事情を察した質屋の女将がひそひそと囁き
番頭は間男の示談金の七両二分で引き取る。
下げは、「番頭さん、(質草を)流さないでくれよ」というもの。


これを短いやりとりと目遣いや仕草だけで運んでいく。
落語らしい芸といえばそれまで。
人間国宝になった人の、師匠の教えを受け継ぎ
その人が噺に漂わせた人情を大切にした短い噺。


考えてみれば、借金を返済し終わっても
味を占めた質屋の旦那は通うのをそうそう止めないだろう。
女房とていつまでも隠しおおせるわけでもあるまい。
まだ小さい子供に、着物がぼろいから一緒に遊ばないと友達にいわれた
と泣かれるような貧の暮らしからした仕方のないこととはいえ。
まだ若い女房の「こんな借金、二人で一生かかっても返せるはずがない」と心に決めて、一人やりぬく覚悟。
それを一瞬で悟り、怒りにまかせずにきっちりと方を付ける亭主の、
ちょっと粋な(といって情けない状況なのだが)意趣返し、と。
いまどき、いくら年齢を重ねていても
こんな鮮やかに覚悟を決めて行動できる人がそうそそういるわけでも
あるまい。
何が大事で何を守りたいのか、それがはっきりわかっている
そんな夫婦の理想型でもある。


こんな人情話があるのかと。
しばらくはじっくり余韻を味わっている。










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