こたえるねぇ、それ【強く生きる言葉】
兄が苦笑いし、ビールの残りを膨れ上がった胃に流し込む。
「じつはこの前、俺、五つも下の彼女にすげぇ罵倒されたばっかでさ。
親父のせいで俺の人生が狂ったとか、またいつもみたくぐちぐち言ってたら、
いい年こいて自分の人生を親のせいにすんな、二十代の半ばも過ぎたら自分のケツは自分でぬぐえ、って。あれは、こたえたなぁ。」
ぐさっと来た。
「こたえるねぇ、それ」
つぶやくと、となりで妹も「同感」とうなずく。
「それだけじゃないぜ。
誰だって親には恨みの一つもあるけど
忘れたふりをしてるんだ、
親が老いて弱っちくなるのを見て
しょうがなく許すんだ、
それができないで
これからの高齢社会をどうすんだ、
みみっちいトラウマふりかざして威張ってるんじゃねぇって、それはひどい罵倒だったんだ」
「こたえるねぇ」
「こたえる、こたえる」
『いつかパラソルの下で』
森 絵都