漫画原作「イルゼの庭」3話
俺は、のんびりした遊牧民の子供だった。
50年経っても、子供の姿、子供の精神のままだった。
見た目からするに、4〜5歳くらいだろうか。
家族は、別に俺を特別扱いする訳でもなく、兄弟の孫と遊ぶ俺を自分の子供のように扱ってくれた。
ある日、空から銀色の髪の綺麗な魔女がやって来て俺を弟子にしたいと言った。
「この子は魔女だね。男の魔女は10になる前に殆どが死んじまうんだ。あれは、かなりのものだよ」
魔女は金を出したが、族長をしていた俺の兄は断った。
次に、金や宝石を持って来たが、それも断った。
「お前は、子供達とずっと遊んでいればいいさ。羊を可愛がってくれるしね」
年老いた兄は、そう言って笑った。
兄の嫁は、シワシワの手で俺の頭を撫でた。それがとても心地よかった。
俺も、見知らぬ魔女の元へ行くよりも家族と穏やかな日々を過ごしたかったような気がする。
その数日後だった。
盗賊がやって来て、小さな一族は俺を残して全員死んだ。
俺は血だらけで、一人だけ目を覚まして、訳も分からず泣き続けた。
すると、例の魔女がやってきて、一緒に行こうと言った。
俺は「これは、あなたがやったの?」と聞いた。魔女はただ首を横に振った。
「お前さんには、まず歳をとってもらわないとね」
そう言って魔女は俺を洞穴に閉じ込めた。
何日、何ヶ月、何年、一筋の光もないところで朝も夜も分からずに、腹が減っても喉が乾いても、岩肌を爪で削るばかりだった。
何もかも分からず、死ぬことも出来ずにいると、外で何度も爆発音のような音が聞こえる。
「あ、ここ、なんか洞窟みたいになってる」
どれくらいか振りに見た光は眩し過ぎて、目が焼けそうだった。
燃えるような赤。
「あれ、人がいる。ごめんなさい。遊び場、壊しちゃったかしら?」
◇
「チカチーロ団長!」
城で王様の残した葡萄を盗み食いしていると、兵士が走ってくる。
「ん〜?どうかした?」
「南方でアリット教徒の残党が見つかり、全員残らず処刑するようにとの王命です!」
「南方かぁ…それじゃ、俺一人で行ってくるよ!」
「え!しかし!」
「南は俺に任せて!」
チカは兵士から地図を奪うと、バルコニーから飛び降りるように、飛び去ってしまう。
「到着〜…あらら、もう、みんな殺されてら」
村は老若男女の死体だらけだった。
アリット教への憎しみは大きい。魔女の迫害により、魔女と一緒に魔女の作る薬も消えた。
助かる命も助からなくなり、疫病も流行った。
富と権力を独占し、大勢が飢餓で死んだ。
その恨みが、この小さな子供にまであるようだ。
「信じてるだけでも罪か」
子供の死体を燃やす。
「俺、火の魔法苦手なんだよね。イルゼみたいに綺麗に燃やしてあげられなくて、ごめんね」
◇
イルゼの森へ行くと、イルゼが芝生の上で気持ちよさそうに寝ている。
俺も隣で、寝てみる。
イルゼの魔力…生命の息吹きを全身から感じる。
「気分が良いねぇ」
「ん…チカ?来てたの?」
「イルゼ、勝手にお邪魔してるよ」
「ふあ…ここは妖精のもので私は間借りしてるだけだから、別に誰のものでもないわ。いつ来てもチカの勝手よ」
「の割にめちゃくちゃ隠すじゃん」
「それは私の勝手」
「俺も隠居しようかな〜」
「チカには退屈なんじゃない?人間が好きなチカにはね」
イルゼは、ふふっと笑う。
「俺が、人間を好き?」
「違ったかしら?私にはそう見えたけれど。あんなに関わって、人間のために何かして」
「うーーーーーん。俺にもよくわかんないな。けど、大昔は好きだった…ような気もする」
「ほらね。そうだ、木苺のタルトがあるの。食べる?」
「食べる」
籠から、タルトが飛び出し勝手に皿に盛られる。ポットの水が一瞬でお湯になる。
「流石、炎の魔女。湯加減もバッチリだね。俺は苦手なんだ。火の魔法」
「私は興味がないことを覚えるのが苦手よ」
「それは俺の得意分野だ。タルト美味しいね」
「木苺が今年は甘かったからね。そうだ、サバトに行くんでしょう?今年の招待状来たわよ。行くのなら、ちゃんと正装で来てね」
「え?あ、うん。今年はどこ?」
「招待状に書いてあったでしょ?魔女の故郷。鬼の釜処だって。魔女の故郷って沢山あるのね」
「そりゃ、魔女の数だけあるんじゃないの?」
「本当は行きたくないのよ。でも、約束は約束だから…チカが最後にサバトに行ったのはいつなの?」
「お師匠様が亡くなってから行ってないね」
「つまり、継承してから一度も行ってないんじゃない…」
「ダリヤ様は本当に皆から慕われる魔女だったわ。綺麗な銀髪で。その継承者なんだから…というか、チカはパーティーとかそういうの好きなんだと思ってたわ」
「サバトはどうも苦手でね。イルゼがいたら、克服出来るかなって」
「あらまぁ…そう…なのね。まぁ、じゃあ、頑張りましょう。今度は私が力になるわ」
「あははっ!ありがと」
◇
洞窟に閉じ込められて、およそ300年。
300年振りに見た女の子は、燃えるように熱い手で俺の汚い手をぎゅっと握ってくれた。
俺の服は少し小さくなっていて、8歳くらいの見た目になっていた。
女の子は俺より少し背が高かった。
「つまり、迷子の魔女?…サバトへ行ったら、分かるかしら。お師匠様には、まだ早いって言われてるけど、まぁいっか。ちょうど、今日だし行っちゃいましょう」
「魔女…?」
「そう、私は魔女のイルゼ。貴方も魔女でしょう?」
イルゼは蜂蜜色の目を細めて、小さく笑った。
「うん」
3話終わり