
漫画原作「イルゼの庭」1話
《あらすじ》
魔女と魔女(男)の交流を描いたほのぼのストーリーです。
1番下↓に残りの話数のリンクあります。
妖精が騒がしい。
この森に引き籠もって150年。
たまに、誰かが迷い込むことはあれど、この騒ぎ方は人間じゃないな。
「やあ!その赤い髪。炎の魔女イルゼだよね」
宝石の付いた大杖を片手に空から男が降りてくる。
「ええ、そうよ。貴方は確か…チカチーロ。ダリヤ様の継承者よね」
「よくご存知で」
「白髪に赤い瞳の子。サバトで、ずっと泣いていたから、覚えている」
「さぁ?俺は君のことなんて全く覚えてないけど」
「そう。で、ご用件は?」
「頼みごと。俺は今、国の魔術師団をやってるんだ」
「へぇ、国に勤めてるの?偉いわね。ただ、戦事はお断りよ」
「いや、戦はちょうど終わったところ。君には、大量の死体を燃やしてほしいんだ」
「アリット教は土葬でしょ?蘇った時のためとか何とかで」
「大量の死体はそのアリット教徒達だ。今は、アリア教ってのになって火葬が主流になった。要約すると、アリット教徒の死体を燃やして祭りをやりたいってことだね」
「ふーん。王宮からいくらか報酬は出るのよね?」
「今は勝戦の期だ。言い値で貰えると思っていいよ」
「髪と顔を隠していいなら、やるわ」
「もちろん。悪趣味なお面やローブなら俺が見繕ってあげる。決まりだね。すぐ、出発できる?」
「置き手紙だけ、書かせて。一刻で準備するわ」
置き手紙を玄関ドアに貼り、庭の各所に妖精のための砂糖瓶を隠す。
ふと、チカチーロの方を見れば、妖精達と戯れている。
好奇心旺盛で臆病な妖精。逃げたかと思えばすぐ寄ってくる。
「準備できたわ」
「よし、行こうか」
妖精達から「もう、行っちゃうのー?」「イルゼちゃんと帰り道わかるのー?」と声が上がった。
「君の箒だと、3日はかかる。俺の杖にに乗って。今日の夜中には付くよ」
「わかったわ」
本当に、チカチーロの杖は速かった。色々な宝石の加護で、カスタマイズされているようだ。
「男の子ってこういうの好きよね」
「何の話?」
「何でもないわ」
「そう?ところで、誰への置き手紙だったの?」
「ポールという人間の男の子よ。木こりをしていてね。この琥珀のブローチをくれたの」
「あらま。それって恋人ってこと?」
「ち、違うわ。私が一方的に想ってるだけよ」
チカチーロが信じられないものを目にしたような顔をする。
魔女が人間へ恋をするなんて、不毛だと自分でも分かっている。
「へぇ…もしかして、今回仕事を受けてくれたのって」
「その…ポールにお礼をしたいのだけれど、家にある装飾品は全部師匠の物なの。人間には毒かもしれないし、かと言って私はポールみたいに器用じゃないから、人間の街で買うしかない。近くの村じゃあまり銭貨を使わない物々交換だから… 」
「ははーん。恋は行動力の源だね。150年の引きこもりを動かした訳だ。そんな色男、会ってみたいね」
「良ければ、チカチーロにも紹介するわ。村一番の力持ちなのよ」
「それは楽しみにしておくよ。あと、俺のことはチカで良いよ。イルゼ」
「わかったわ。チカ。良かったら、なんだけど…報酬を頂いたら、プレゼント選びに付き合ってくれないかしら?」
「いいよ。俺は流行りのお店も掘り出し物の店も知ってるし」
「ありがとう!流石は、知識の魔女の継承者ね」
「俺は、1度見聞きしたことを忘れないから」
「あれ?そうなの?私のこと覚えてないって…」
「覚えてないね!」
「そう。子供だったものね」
「ああ!継承する前だし!」
チカはやたら、声を張り上げた。
魔女は代々特別な魔法を継承してゆく。それは、継承を重ねるほどに力を増し、一代では成し得ない威力や精度の魔法を生み出せるからだ。
だが、その力が増せば増すほど、継承出来る器(魔女)は少なくなってゆく。
それが、我が師匠やチカの師匠の代で一気に厳しくなり、継承者を見つけられないまま神にも等しい領域にあった多くの魔法は失われた。
私が会ったことのある現役の継承者は、チカともう1人だけだ。
サバトへ行けば会えるのかもしれないが、もうずっと行っていない。
「アーリア教は、魔女を殺して周っていたけれど、今は逆だ。アーリア教徒は見つかれば死罪。教会は全て燃やされた。銅像も聖書も彫刻も絵画も全てなくなったよ。魔女は聖女として崇められている。君の赤髪だって、もう隠す必要はなくなったんだ」
「本当に?人間は赤髪を恐れないの?」
「血のような下劣な色は、勝利の女神の色になったよ。君はもう少し人間社会へ興味を持った方がいい。継承者も見つけられていないようだしね」
「それじゃ、チカは見つけたの?」
「見つかってない!」
「あっそう」
深夜だというのに、街は灯りでいっぱいだった。そこらじゅうで、音楽が鳴り響き、ダンスを踊っては乾杯をしている。
案内された広場は、ポールの村くらい広い。
そして真ん中に積み上がった死体が山のようになり、異臭を放っていた。
「今、燃やせばいいの?」
「違う違う。明日の夜。王様の前で燃やすの。それが、祭りの序幕だ」
「序幕?祭りは始まってないの?」
「ないない。今は浮かれてるだけさ。フィナーレは俺達魔術師団のパレード」
「今日は俺の屋敷に泊まりなよ。メイド達が客室を用意してる」
「ありがとう。色々、薬を持ってきたから、それを売って宿に泊まろうかと思っていたけれど、深夜にお店なんてやってないわね」
チカの目がキラキラと輝いた気がした。
「その薬、俺に売ってくれない?」
「え、チカに?だったら、差し上げるわ。宿代として」
「君って本当に…商売とかしない方がいいよ」
「言われなくてもしないわ」
チカの屋敷は、広場から少し離れた落ち着いた街並みにある大きなお屋敷だった。
沢山の使用人がいて、まるで貴族のようだ。
前髪をピンで留めてローブを被る変な客人にも、笑顔で対応してくれる。
好奇の目と言える。こんな都会で畏怖ではない視線を向けられるのは久々だ。
部屋で簡単な食事を貰い、寝床へついた。
魔女は特別何かをしない限り、日の出と共に起きてしまう。
「おはよう!イルゼ!起きてる?」
チカがノックもせずに、部屋へ入って来る。
「おはよう。チカ。今、起きたところよ」
チカはニコッと笑って、ぽんっとヘアブラシを手に取る。
「男の人にこんなことしてもらっていいのかしら…」
チカは、ボサボサの寝起きの髪の毛をブラッシングしてくれる。
客人へのもてなしのつもりなのか。
メイドさんは、まだ起きてないのかな。
「いいんじゃない?俺は楽しいし。ローブ被っても仮面被ってもいいけどさ、王様なんて人間の前へ出るんだ。見えなくても、身なりは整えとくもんだよ」
「なるほど」
私には、常識というものがないのだと思い知らされる。
最近は人間なんて、ポールとそれ以外としか認識していなかった。
「しかし、この琥珀。美しいね。赤が入っていて、君のための贈り物といった風だ」
「そ、そうかしら…たまたま、見つけたって言っていたけれど…」
「じゃあ、運命だね。この琥珀は君のためにある」
チカは私のローブにブローチを付け直すと、立ち上がる。
「さ、朝食を食べたら、店に行こう。お金なら、後払いでもいいよ。俺が頼んだことだし」
「何から何までありがとう。でも、仕事はいいの?お勤めなんでしょ?」
「俺の直近の仕事は、君の勧誘とパレードだけだからね」
朝市へ向かうと、食品の横に様々な宝石や貴金属が並んでいる。
「ここは、掘り出し物の巣窟。ただし、ダイヤと謳っていても水晶の可能性もあるし、逆もある」
「魔女が宝石の種類を間違える訳がないわ。それに、人間と違って宝石に優劣なんて付けない。みんな、可愛い鉱物…あ、これ」
「綺麗なデマントイドのガーネットだね。この大きさでインクルージョンも少ない。装飾品としてとても良いと思うよ」
「ポールには緑がよく似合うと思うの」
「でも、これは女性物だよ?」
「そうね…」
「店主さん、このガーネットはお幾ら?」
「ガーネット?ガーネットは赤いのだろ?そりゃ、エメラルドだよ」
「……………この、エメラルドはお幾ら?」
「…75万リアかな」
「それって高いの?私の報酬より?」
「全然、気に入ったなら買うといいよ」
「おいおい、市場で値下げ交渉もなしに買おうってのかい?」
「ああ、それもそうだった…」
「いいの。報酬は余っても、どうせ埃を被るだけだし。こんな、素晴らしい逸品に出逢えたのだから」
「君、本当に商売とかやらないでね」
「やらないったら」
そうして、近くのカフェで紅茶を飲みながら、祭りの段取りを説明された。まぁ、私がやることはただ1つ。空から現れ、跪き、あの広場の死体を燃やすこと。
夜。昨日の夜とは違い、広場は埋め尽くすように人が集まっていた。
死体の山の近くまで、人々が密集している。
国から借りた華美な大杖で、空から広場へ降りる。わぁ!と歓声が沸く。
言われた位置まで歩き、跪き、呪文を唱える。
呪文は省略しても良いのだが、見世物なのでちゃんと全てやることにした。
『この地、生まれし時、産声を上げた、炎の女神マグナ。継承者、イルゼの名の元に力を示せ。エヴォウス』
地面に魔法陣が何層も光り輝き、そこから炎が顔を覗かせた。
そう思った瞬間に、炎は一瞬で燃え上がり、一瞬で空へ消えた。
そこに残ったものは何1つなく、焦げたチリ1つなかった。
圧倒的な力に静かさを知らない街は静寂に包まれる。
チカは誰に言うでもなく、恍惚として部下の隣で独り言を呟いた。
「これが、世界一美しく苛烈な炎だよ」
◇
「パレードは見て行かないの?」
「ええ、お金返せてホッとしたわ」
「ツケにしてくれても良かったのに」
「後が怖いから嫌よ。それじゃ、お世話になったわ。何だか、お祭り盛り下げてしまってごめんなさいね」
イルゼは、自前の箒に跨って飛んでゆく。
それを見ていたチカは、柔和に微笑み手を振った。
「しかし、ガーネットの他にダイヤも買うなんて…ポールにプロポーズでもする気か?」
◇
村で小さな結婚式が行われる。
イルゼは離れた木の上から見守る。
「それで、ポールはどれ?」
「ぎゃあ!」
横を見れば、チカがいた。
「な、何しに来たの?パレードは?」
「それでポールは?ポールを紹介してくれるって話だったでしょ?」
「今日はムリよ。晴れ舞台に魔女は似つかわしくないわ」
「あれ、あの花嫁がしてる首飾りは…君が買っていたダイヤだ。それで、ポールはどれ?」
「何で、そんなに興味があるのかしら…。あ、あそこよ。あなたと同じ白髪の」
イルゼの指差した先を見れば、杖をついたご老人がいた。
その横の婦人の胸元にはイルゼが買ったグリーンのガーネットが煌めいている。
「…話が見えないんだけど?」
「だから、ポールはあそこにいるわ」
「それは分かったって」
「この琥珀のブローチは、多分返さなきゃいけなかったの。でも、私、誰かに贈り物を貰うのって初めてで…どうしても…返したくなくて…遅くなってしまったけど、贖罪のつもりで」
「ふぅん…ねぇ!そこの君たち!俺達もお祝いしたいんだけど、参加してもいいかな?」
全員が、こちらを見る。
「イルゼ!」
ポールが嬉しそうに、杖を使い椅子から立ち上がる。
「もちろんだ!何でそんなところにいるんだ!早く、こっちへおいで!」
イルゼは、顔を真っ赤にさせている。
チカに腕を掴まれて、下に降りると驚きの声で騒がしくなる。
花嫁とポールの横にいた婦人がイルゼに駆け寄る。
「イルゼさん!本当にいいの?こんな高価な物貰ってしまって…」
「そんな主人の不格好なブローチのお礼だなんて」
「い、いいわ。ずっと、お礼出来なくて…こちらこそ」
「こちらの彼は、恋人?」
「違うわ!数日前に会ったばかりのただの知り合いよ!」
「はい、ただの知り合いの魔女チカチーロと申します。これは俺からのお祝いです」
チカチーロが杖を軽く振ると、空から様々な色の花の雨が降り注ぐ。
晴天に映えて、とても美しい。
客人達から、歓声があがる。
チカは1番後ろで、客人達からの音楽やダンスの贈り物を鑑賞する。
イルゼは婦人と楽しそうに見ている。
「やあ、こんにちは」
「やあ、ポール」
「…僕は、村一番の無鉄砲でね、怖いものなしだったんだよ。ただ、1つ。イルゼに愛してると言えなかった」
「つい最近まで、魔女と交流が告発されたら、一族虐殺だ。仕方がないよ。家族も友人も全てを捨てて魔女と添い遂げるなんて、馬鹿げてる」
「その馬鹿が出来ていたら、と何度も思ったよ。昔はね。今は、イルゼの幸せを願ってる。イルゼは僕以外あまり友人もいないようだから、チカチーロさん、彼女と仲良くしてあげてください。優しくてとてもいい子なんだ」
「ふん、知ってるよ。この色男」
ポールは少し驚いたような顔をして、また微笑んだ。
「余計なお世話でしたね」
◇
その1ヶ月後。ポールは眠るように息を引き取った。
チカの元へも婦人からの知らせがあり、イルゼの元へ向かう。
イルゼの家の周りはどしゃ降りの雨だった。
妖精達が心配そうに木の影から見つめている。
「イルゼ、入るよ」
家に入ると、イルゼは寝ていた。
目を真っ赤に腫らしている。
「こりゃ、この雨は何百年降り注ぐのかな…?」
チカはため息をついて、イルゼを見つめた。
1話終わり