今日の雑文1

 三方ヶ原軍記という講談がある、いわゆる前座噺。講談の人はまずこの噺で修羅場を叩き込まれる。落語における道灌と一緒で、この噺にはあまり面白味はない。実際、名人、六代目宝井馬琴の録音を聴いてみても、正直ピンとこない。しかしこの三方ヶ原軍記、三十六段内藤の物見の一席が、実は僕はめちゃくちゃ好きで高校時代からずっとずっと聴き込んでいる。はてさて、誰の音源かというと、立川談志である。
 困ったもんだ、ファーストコンタクトがかの天才で、落語より粋と言い切り、誰より講釈が好きで、名人を知り尽くしたものだと、耳がこれを基準となってしまう。そのあとが厳しくなってしまう。
 これ、本当にすごい。こう言ったら誤解を産みそうだが、寝るのにこれ以上適度な音源あるのかしらって、今も想っている。辛い日常でも深い夜やあけて来る朝、眠りに向かえなくても、張り扇のぱんぱんぱんという音と、修羅場を聞くと気持ちが落ち着いた。眠りに落ちた事もあれば、出来ない事もある。でもどちらでも良かった。この音源を聴くと、心が安らいだ。最強の、精神安定剤だ。
 しかしながら、ここから先、講釈を聴く機会は全くなくなる。夏の季語である貞山先生の存在は知ってはいたが、聴くことはなかった。談志師匠の三方ヶ原軍記の枕に出てきた、村井長庵と言う噺の存在は知ったが、今に至るまで聴いていない。
 こんな事情が一気に変わった出来事があった、神田伯山の披露目である。彼の噂は、方々で聴いていた。曰く、天才。と。
 その日も自分は眠れてない朝を迎えた時であった。ふと、これから浅草に行けば、演芸場の整理券取れるな、と。思い立ったが吉日。都バスに乗って真打披露目興行に向かったのだ。
 自分も早かったが、同じこと考えている人間は一杯いて、自分の前もしっかり並んでいたし、自分の後ろも気がついたら長蛇の列、流石の人気者である。
 しかし、そこから先が地獄である。時間潰しの方策がないのだ。とりあえずパチンコ屋に行き、目押しもできないし内容もよく知らないまどマギ打ったり、よくわかってないゴッド系の台にも触れていた、当然すってんてんである。
 その後、ネカフェに行き落ち着くが、万単位擦ったと記憶している。
 さて、夕方になり、浅草演芸ホールに再度行って入場した。まあ、お祭りである。その時誰が出ていたかなんて記憶にないが、そんなことはどうでもいい。「あれ?芸協の芸人さんたちって、こんなに面白かったっけ?」そう想ったのは確か、笑わさせて頂いたし、満足度が高く精神が高揚するのを覚えていた。トリの伯山先生、演ったのは天保水滸伝、ボロ忠売り出し。枕で愛山先生に触れて、スッと取り掛かったこの演目、実に良かった。談志の三方ヶ原軍記と比べてもしょうがない、別物だから。でもだ、いい若手が出ましたよ、家元。って言いたくなった。
 その日の夜は、どこまでもきれいな曇り空で、家路についた。
 ちなみに鯉栄姐さんの任侠流山動物園が自分の中ではMVPなのは内緒。

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