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エンディングノート完成までの道のりは長い?①

「あ、持ってくるの忘れた」

実家に向かう車の中で、準備していたエンディングノートを家に忘れていることに気がついた。

私にはある計画がある。エンディングノートを両親に書いてもらうこと。できるだけ元気なうちに。


エンディングノートとは、自分自身に万一のことがあったときに備えて、家族が判断や手続を進める際に必要な情報を残すためのノート。


市役所で頂いたエンディングノート
他にもあり、全部で12ページ書くところがあります

エンディングノートには法律的な効力はないけれど、その人の最期をむかえる時に有効と思っているからだ。


今回実家へ帰省は2回目。

1回目は母親が膝の手術をして退院直後だったため、さすがにエンディングノートをすすめるタイミングとは違うなと思い避けた。

2回目の今回、手渡す予定であったが忘れてしまった。

それでも、実家に帰った時にタイミングをみて母親に探りを入れてみた。

私「なぁ、エンディングノートって知ってる?」

母親「なんや、それ。」

(え?まさか。知らないのか?それともエンディングノートは知っているけど、息子からそんな話をされるのが嫌なのか?ん〜読めん。ん〜、でも、ここで話やめるのはもったいない)

それ以上は口でうまく説明するのは難しいと思った私は、自分が書いたnoteの記事の画面にして、スマホを手渡した。

「とりあえず、ちょっとこれ読んでみて。」

頭の上に乗せていた老眼鏡を掛け、眉間にシワを寄せながら母親は読んでいる。
読み終わった頃に「どう?」と話し掛けると、

母親「よう分からん。」

(え、嘘やろ。文章が下手なのは仕方ないとして、よう分からんって。何も伝わってないのか?)

私「亡くなる前に色々と揉めるん嫌やから、書けるところだけでもいいから書いてほしいやけど」

母親「そんなん残ったもんで決めたらいいんじゃないん。まだピンとこんなぁ」と言って母親は軽く首を振った。


 そんな。予想外の反応。

次に父親にも、スマホを手渡し読んでもらった。
読み終わる頃に「どう?」と聞いてみると、

「うん。」と父親は頷いたのみで老眼鏡を外した。

(これどっち?肯定か否定かよく分からん)

私「元気なうちに書いといてほしいん。認知症になる前に。」

「そやな。」とこちらを向かずに父親はぼそっと答えた。

母親「書いても気が変わるかもしれんで」

私「それでいいんや。気なんて変わるもんやし」


今回の手応えは正直微妙。ただ、少しだけでもエンディングノートの話をすすめることはできた。


次の帰省時にはエンディングノートを忘れないようにしないとなあ。

親と死とかお金の話題はハードルが高い。
それでも避けても通れない。どうせなら早い方がいい。

エンディングノート完成までの道のりは長くなりそうだ。



最後まで読んでいただきありがとうございました。

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