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【感想】ジェイムズ・ティプトリー・Jr『接続された女』※ネタバレあり

民衆に無駄な消費を促進するとして、広告が禁止された近未来。企業に雇われた主人公が電極に繋がれて美女のアバターを遠隔操作で操り、セレブ界に潜入してこっそり商品の宣伝をするというこの話は、なんと1974年に書かれたものだ。予言的っていう褒め言葉はあまり好きじゃないけれど、現代人がステルスマーケティングやVチューバーを想起するのは簡単。そして何より、意識と身体が切り離されるというSFテーマは、1984年に書かれたニューロマンサーから始まるサイバーパンクブームよりもずっと前になる。ティプトリーはこの作品以外にも意識と身体の関係性に捻りを加えた作品をいくつも書いていて、後のサイバーパンクの土壌は彼女が作ったと評される事もしばしばだ。

さて、接続された女を読み直したので感想を書きたいけれど、オチに多くをかけるティプトリーの短編だけあって、読んでないなら是非ともまっさらな状態で読んでほしい。けれどこの感想も読んでほしいから、一応最後のオチについて書く前に断りを入れます。

物語の冒頭、年若い娘バーグが飛び降り自殺をするシーンから始まる。自殺の理由は、死ぬほどブサイクだから。そんな事で…、と思ったあなた。いやいや、ブサイクというだけで、ほんとに彼女の人生は酷いものなんです。彼女が処女を奪われた時の話。
「彼女がまだ十二歳のときで、相手のヤツらはフリーク好み、しかも麻薬と酒でべろべろだった。酔いから覚めたとき、やつらはさっさと逃げていった。体に小さい穴、心に大きい穴のあいた彼女をおっぽりだしてだ。彼女は痛い体を引きずって、最初で最後の避妊注射器を買いにいったが、そのとき薬局の主人が信じられないと言いたげに大笑いした声は、いまでも耳にこびりついている」
…つらい。つらすぎる。男性が容姿ばかりに見惚れるせいで、女性は大変なんですね。容姿の描写も容赦がなく、紫色のあごが左目につきそうだとか(んなわけあるか)、グロッギーなお化け娘だとか酷い言いようだ。
関係ないけど、これをはじめて読んだ僕は、失礼ながらティプトリーの容姿もそこそこアレなんじゃないかと勝手に思い込んでいました。けれど数年後に画像を調べたら、美人さんでびっくり!なんなんだよまったく…。まあ、容姿なんてどうでもいいんだけどさ。とりあえず若い頃の写真をタイトルに貼りました。可愛いー!

しかし自殺は未遂に終わり、バーグはGTXという大企業に拾われた。GTXは彼女を雇い、人間と見分けのつかない超リアルな美女アバター、デルフィと繋げてセレブ界に潜入させる。
このキャスティングは大当たり。バーグの目も当てられないぎこちない所作や世間知らずでウブな言動も、超絶美人デルフィがやれば「だがそれがいい」。しかも性格は美人のくせして謙虚でひかえめ。ちょっとした事で大喜びする清純派アイドルのデルフィは、たちまち人気者になっていく。
やがてバーグはデルフィでいる事の方が楽しくなり、徐々に自分をバーグではなくデルフィだと認識するようになっていった。接続を切って食事や運動をする時も、バーグの身体はただ生命維持のためだけにあるような、髪はボサボサで爪は伸び放題でも気にしない。彼女にとっては、バーグこそ仮の姿なのだ。デルフィと接続するためにいくつもの電極で繋がれたバーグは、世界一のブスどころか怪物になっていく。
元々彼女は自殺しようとしただけあって、自分の容姿をとことん憎んでいる。だから彼女はデルフィである事に全く躊躇しないし、簡単に元の身体も見捨ててしまう。まあ、あの人生だったらそうなるよね。
ここからホラーな展開なんだけど、実はこの時、バーグ本人も気が付かないうちに超常現象が起きていた。彼女がバーグの身体に戻ってやる気のない食事をしている最中、ぐっすり寝ている遠く離れたデルフィのアバターが、なぜが勝手に動いていたのだ。まぶたを僅かに動かしたり、寝言のような事を言ったり…。
これはさておき、日中にデルフィはGTXの犬で、会社から「良い製品を買って欲しいから、宣伝するのはとても良い行いだ」と言われたのを健気に信じ、一生懸命に宣伝している。しかしこれをよく思わない人物がいた。GTXの重役の息子ポールだ。彼は親に反発していて、あれやこれや法律スレスレの手段を使って製品を売ろうとするGTXのやり口に反対していた。ポールはデルフィがまさかアバターだとは見抜けなかったが、彼女が何やら会社に利用されているというのは嗅ぎつける。あくどい大企業に何かを握られ、いいように操られている悲劇の美女を救おうというわけだ。
ポールはデルフィに接近し、どうにか秘密を聞き出そうとするが、デルフィはなかなか口を割らない。そうこうしているうちに二人は恋仲になってゆく。この時のデルフィの葛藤が息苦しい。自分の本当の姿は、遠くの実験室で電極に繋がれてかろうじて生きている怪物だ。しかしポールが愛しているのは美人のデルフィ。これでも自分が愛されていると言えるのか?たしかに自分はデルフィこそが本当の自分だと信じてやってきたが、ポールから愛されてはじめて迷いが生まれた。はたしてポールが自分と同じように、デルフィこそ本物だと思うだろうか?何せデルフィのボディはポールが一番憎んでいるGTX製なのだ。
そんな中、悲劇が起こる。ついにポールがバーグがいる実験室の情報を手に入れ、そこで何が行われているのかはわからないが、どうやらデルフィにとってよからぬ秘密がそこにあるらしいと知ってしまう。デルフィを悪徳企業GTXから救うべく、必死にとめるデルフィを無理やりセスナ機に乗せて実験室に向かうポール。はたしてそこで二人を待ち受けているのは…。

はーい!オチ前なので止めまーす!
いやー、面白いですよね!(押し付けがましい?)。どちらが本当の自分なのか、バーグとデルフィの間で揺れ動く彼女の葛藤。最初に設定が予見的だと書いたけれど、物語の本質は普遍的なテーマだと思う。僕も職場での顔、家族との顔、友人との顔はそれぞれ違うし(身体的には一緒だけど)、どれが本当の自分なのか自分でもわからない。僕の場合は言葉遣いとか少しのキャラの違いでしかないけれど、例えばアバターを使うネットでのコミュニケーションだったり、先に言ったVチューバーはビジュアルも違う。
それぞれ分断された複数の顔を持つ僕たちも、バーグのようにどれか一つの顔を自己嫌悪して、他の顔に比重を置こうとする行動はよくすると思う。僕も会社終わりは仕事の顔に嫌気がさして、帰りに居酒屋に寄って上下関係のないコミュニケーションで解消する事もしばしばだ。逃避っていうやつだね。
ただバーグの場合ちょっと違うのは、明らかに本当の彼女は電極に繋がれた怪物で、デルフィは企業によって作られたキャラクターでしかないということ。もし彼女がバーグを見捨てるのなら、それは混じりけのない完全な逃避だ。しかし、バーグの過去を知っている僕たちは、デルフィを信じる彼女を否定できるだろうか?いや、この結論を出すのはオチを知ってからの方がいいと思う。もしオチを知らずに読みたいと思ってくれたら、今すぐネットでポチろう。さあ、いよいよクライマックスだ。

バーグの実験室へ、気を失っているデルフィを抱えて到着したポール。実はこの時、バーグはデルフィとの接続を切り、自分自身の身体に戻っていた。ポールは止めようとする科学者たちを振りほどき、遂に彼女の実験室の扉をあける。すると飛び出してきたのは痩せさらばえたすっ裸の女ゴーレム、体じゅうから電極を生やし、血を噴き出したそいつが、金属の爪を振りかざして近付いてくる。
「ポールゥー!あたしのポールゥー!」
しわがれたさけびをあげ、愛の腕がさしのべられる。
「そばへ寄るな!」何も知らないポールは恐怖にかられて叫ぶと、バーグに付いていた生命維持装置の電極をなぎはらってしまう。
地響きをたてて彼の足元に倒れる哀れなバーグ。ばたばた足掻きながら「ポール!ポールゥー!」と大口をあけてわめいていたが、やがてこときれる。
むろん、デルフィもだ。
同時に倒れるバーグとデルフィ。静寂のうち、やっと科学者が口をひらく。「あなたが殺したんだ。これが彼女だったのに」
しかしポールは認めない。あの可愛らしいデルフィが、こんな怪物であるはずがない。ポールは倒れているデルフィに手を差し伸べた。すると、なんとデルフィはそれにこたえてギクシャクと動きだす…。
驚愕する科学者たち。デルフィは愛くるしい顔をもたげて「ポール…」とか細い声。
ほっと胸を撫で下ろすポールは早くデルフィに治療をしろと科学者に叫ぶが、科学者たちは状況を理解できず「彼女はたった今あなたが殺したんだ。デルフィは人形で、あなたが殺したそいつが操っていたんだ」と懸命に説明するが、ポールは信じない。言い争いをしているうちに、ポールの腕に抱かれたデルフィが悲しげに、

「あたしはデルフィよ」

と言って不気味な人格崩壊の痙攣をおこし、ついに完全に静止してしまうのだった。

以上です。

完全な逃避。彼女は本当の自分を捨てて、最後には作られたデルフィに乗り移った。
大抵の物語では、何かの成功によって浮かれた主人公が本当の自分を忘れていくが、最後には必ず元のアイデンティティを取り戻してめでたしめでたし。そっちの方が自然に思えるし、健全だ。しかしバーグ、いやデルフィはその先へと突き抜けてしまう。なのにこの話を読むたびに、心を動かされるのはどうしてだろう。
僕はこの接続された女について考えるとき、彼女のことをどうしてもデルフィと呼びたくなる。人気者のデルフィになり、デルフィとして愛されたいという彼女の切実な願いが、痛いほど伝わるからだ。死んでしまうラストは一見バッドエンドかもしれないけれど、デルフィになりたいという彼女の願いを考えれば、ある意味ハッピーエンドなのかもしれない。
もうひとつ、別の読み方もある。最後に単体で動き出したデルフィは、本当にバーグだったのだろうか?思えばバーグが生きている間にも、接続を切った状態でデルフィが動いていた描写もある。バーグが逃避を始めた時点で、ある意味バーグという存在は自殺をはじめていた。じゃあデルフィと呼ばれる人格は誰なのか?最後にデルフィを操っていたそれを、僕らはバーグと呼んでいいのだろうか?そう考えると、やはりこの話はバッドエンドだ。
自分を自分たらしめるのは、結局なんなんだろうね。
結論はオチの後だなんて言ったけど、やっぱり分からないや。僕にわかるのは、とにかくティプトリーは面白いって事。

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