回想録・出会った患者さん(6/7)
建前では、どんな患者さんも同じように接しなければならないといいますが、本音では得意な患者さんと、苦手な患者さんがいます。南部正子(仮名)さんも苦手な患者さんでした。
正子さんは腰痛治療の依頼を受けて、施設に伺うようになったのですが、寝たきり状態のうえ、病気の後遺症で話すことが出来ません。言葉で自分の意思を伝える事ができないのです。また感情の起伏もほとんどなく、調子や気分の良し悪しを確認することが、とても難しいのです。
初めの頃は、戸惑いながら、とにかく一方的に喋り続けました。
回数を重ねてくると、話の内容や、一方的と割り切って話しかけた事に対して、僅かな表情の変化がある事に気付きました。
そのうちに、私が部屋を訪れた際に、目を少し丸くして来た事を認識するような表情をするようになりました。
正子さんの施術は1年半くらい続きましたが、コロナで入院し、その後は施設に戻ることはありませんでした。
私の治療がどれほどの効果があったのか、正直わかりません。しかし、施設の職員の方からは、「正子さんは、いつも楽しみにしているんですよ、終わると本当に気持ちよさそうで、食欲も出るみたい」って言っていただきました。
施設によっても違うとは思いますが、正子さんが入居されている施設の現場の方々には本当に頭が下がります。利用者の方々に寄り添い、喜んで頂くために常に考えながら仕事をしているように見えました。
本当の心の籠った仕事をされる方々だからこそ、私には聞き取れなかった声なき言葉を聞き取ることが出来たのでしょう。
正子さんと現場の職員の方々には、本当に良い勉強をさせていただきました。