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鳥は風呂無しというハンデを負っている

わたしは曲がりなりにも社会生活を営むイチ大人で、且つ比較的水資源の豊富な日本に住んでいるので、毎日お風呂に入っています。

なんとなく習慣化しているので忘れがちですけれども、お風呂に入るというのはすごい行為です。

界面活性剤で頭や体を泡だらけにしたと思ったら、じょうろ状の噴出口から出した温水を浴びせかけて落とし、別途大量の湯を溜めた桶の中でうずくまってしばし動かなくなるのですから。

お風呂に入るという概念のない生命体から見たら、恐らく完全に謎行動であり「この生物は一体何がしたいのか?」と、研究者の頭を悩ませることとなるでしょう。さぞかし。

それを毎日繰り返すなんて
もはや狂気の沙汰と言える。

動物園に行くと、臭いだの汚いだの言う人がいますけれども、いやいやだってこの子たち、毎日お風呂入ってないのよ?と思います。
(カピバラと猿は時々湯に浸かっているが)

彼らはその割に、十分すぎるほどの美しさを保っていると思うのです。

仮に人間社会が終焉を迎え、別の生命体が優位に立った世界で、動物園に「ヒト(ホモサピエンス)」の檻が作られたとしましょう。
他の動物たちと同じ管理をされた我々人間が、どのような有様になると思われますか。

へえ、ヒトってこんな生き物なんだ。

そう笑い合う、後の世の方々の目に映る我々人間は、果たしてどのような姿か。

そんなことを想像してみると、他の動物たち、なかんずく鳥類の過不足の無さについて感嘆せざるを得ません。

ちょちょっと水浴びか砂浴びするだけで、あれほどまでに秀麗な姿を保てる鳥。
地面を移動することも出来るけれども、いざという時は空を飛べるので、天変地異にも強い鳥。

最高にサスティナブルです。

逆に人間って、燃費というか費用対効果というかが、悪すぎる。
毎日お風呂に入らないとたちまち小汚くなり異臭を放ち始めるなんて、タイパもコスパも悪すぎる。

イルミネーションを見て寄り添う恋人たちも
雑誌の表紙を美しい微笑みで飾るモデルさんも
東京駅周辺で撮影中の花嫁さんも

きれいなのはお風呂のお蔭であることを
忘れてはなりません。

…いや、忘れてもいいけど、動物たちを「いっやー動物ってくっさいわー無理だわー」とか言う前に、己の穢れについて今一度、考えてみるのも悪くないのでは、と思うのです。

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