夫の不在がちょっとうれしい
わたしは夫と出会えて一緒に人生を歩めていることを、無上の喜びとして寿いでいます。
そんな夫が今日から出張で、明日の深夜まで帰ってきません。
普段、仕事をしている間以外は基本的に2人で過ごしているわたしたち。
「さみしいね」
「早く帰ってきてね」
と言って送り出しました。
嘘はありません。
拙者の偽らざる真心からの思いでござ候。
それなのに、なんでしょう。
この浮き立つ気持ちは。
ふつふつと湧き上がってくる感情は。
自由だ!
何しよう!
どこ行こう!
何食べよう!
何観よう!
という隠しきれない悦びは。
恐らくですが、夫も今、心に羽が生えているのではないかと思います。
だってわたしたちは元来、
自由を愛する民だから。
こういうことを外で言うと
「浮気か?」
「不倫か?」
「美徳のよろめきか?」
と疑われたりするのですが、まあそうする人や思う人も否定はしませんが、わたしに限って言えば、色恋ざたには興味を惹かれません。
なぜって、夫以前・夫以後でわたしはすっかり変わってしまったから。
わたしの愛はまっすぐに夫に向かっており、夫のことをオトコとか異性とかの前に人間としてこの上なく好もしく思っているから。
夫と出会ってこのかた、夫以外の男性を見ても驚く程ときめかないものだから、わたし、ホントに異性愛者なのかな?という疑いすら抱いているほど。
今後、たとえ夫の性自認が女性寄りに揺らいだとしても、わたしは変わらずに夫を愛すると思います。
それって本当に異性愛と言えるのか否か。
…
夫といても、わたしはほぼ限りなく自由です。
夫はわたしに介入も干渉も命令もしないので。
それでもやっぱり2人でいると、何食べようとか、どこに行こう、という話になったときに
(なるべく夫が好きなものを選ぼう)とか
(ここなら夫も楽しいかな)とか
の考えが浮かびます。
夫は一切悪くないのですが、どうしても微かな不自由を自ら作り出してしまうのです。
慮りという名の細い鎖さえも取っ払って、完全で完璧な自由を味わうことが出来るのは、1人の時間だけ。
しばらくの間、solitude〜孤独〜を、心ゆくまで楽しもうと思います。
とりあえず、今夜は何を食べようかな。
むちゃくちゃジャンクな選択でもしてみようかしら。
マックかな?