友だちは100人出来なかったが、気付けばフォロワーさんが100人いた
小学1年生となった暁には友だちが100人出来るであろうか、という曲に関しては一家言ありますよ、と以前noteに書きました。
友だちをたくさん作りたいか、そもそも友人という存在が自分にとって必要か否か、には個人差があります。
配偶者も恋人も同居人もご近所さんも、友だちも同僚もいらない、1人でいてもまったく寂しいと思わない。っていうか「寂しい」ってどんな感じ?それ美味しいの?という人を、わたしは尊敬します。
わたしは、干渉されるのは嫌だけど、自分の好きな人とだけはたまに関わりたいという中途半端な社交性の持ち主なので、完全なる孤高に対して憧れがあるのです。
友だちがたくさんいるからって万人にとって素晴らしい人とは限らないし、山の上で他者との親交を絶ちヨーゼフと暮らしているからって邪知暴虐とは限らない(むしろそういう人ほど周りにたくさん人を置きたがるのでは)。
わたしは個人的に、孤独の楽しみ方をしっかり身につけた人の方が、好きです。
トイレに連れ立って行ったり、1人で外食に行けないから誰か一緒に来てーというメッセージを送ったり、そういう人を否定はしません。
そんな生き方もあるでしょう。
でも、わたしとは合わない。
それだけのことです。
そんなわけでわたしには今、友だちが1人しかいませんし、その人とも1年に1回会うか会わないか、という関係性です。
夫とは仲良しで四六時中一緒にいますが、会社の人とも、生育家族とも、必要最低限のコミュニケーションの他に積極的な連絡を取り合ってはいません。
どちらかと言うと
山の上で他者との親交を絶ち
ヨーゼフと暮らしている
アルプスのおじいさんの生活に近い。
そんなわたしが、自分の日常生活で思ったことを嘘偽りなく綴っていたら、いつの間にかフォロワーさんが100人を超えていました。
お役立ち情報も節約術も時短レシピも載せていないし、実際読んでも特に得られるものは何もない文章を綴っているので、有難いやら不思議やらです。
なんだ、子どもは2人で子犬を飼っていて
庭には赤いバラと白いパンジーが植えてあり
夫婦は互いに友だちがたくさんいて
時々気楽なホームパーティーを開くような
一般的に思い描く「幸せ」みたいなのからは遠い人でも、どうやら楽しく生きていそうだな。
わたしもこのままでいいのかも
このまま生きていこう!
と思うちょっとしたきっかけに、もしなっているのであれば、幸甚です。