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『エチカ』 〜 きずな
前回までのお話しはコチラ▶『エチカ』〜 シャークの森
▶『エチカ』〜 FLY!FLY!FLY!
▶『エチカ』〜 空間と体は切り離されてはいない
▶『エチカ』~ 運命
▶『エチカ』〜 涙の種
::::::(前回の終わりのところ少しリフレイン)
ひとしきり歌い終えると、鮫がふわりと浮きあがった。レディマンタは心の底からほっとした様子だった。両ヒレをひらひらと羽ばたかせ、鮫の周りを何度も何度もくるくる回った。
「よかったわぁ~、はぁほんとによかった」
「わたしは死んだのでしょうか生きたのでしょうか…」
鮫は力のない調子で繰り返した。
「わたしは死んだのでしょうか生きたのでしょうか…」
「もう何をおっしゃってるの、生きてるわ、間違いなく生きてるわよ」
「わたしはもう、あの島には戻れない…戻れやしないんです… 死んだのでしょうか生きたのでしょうか…」
「しっかりしなさいよ、あなたはサメでしょ。涙の種を飲んでしまっただけなんだから。思考屑などに引っ掛かってちゃいけないわ」
「わたしは大好きだった… あの澄んだ碧の海、椰子の実とりが上手なサメ使い… 遠い国から訪れる色とりどりのオーディエンス…。喜んでくれるのさ、わたしが赤肉をがぶりするだけで、あんなにもあんなにも喜んでくれるのさ… 人をがぶりするつもりなど…つもりなどなかった…」
おしゃべり鮫は、ぼくに語って聞かせたあの南の海での惨劇の一部始終を、涙ながらにレディマンタに打ち明けていた。
「あたしにはあなたの気持ちが分かるわ。あたしだって、チクリするつもりはないの。浅瀬にいるとき、たまたま人に踏まれでもしたらビックリして尻尾が勝手に動いてしまうのよ。そうして毒針が刺さってしまう…。足とチクリは同時なの、同時なのよ…」
「どうじ… どうじ…」
鮫はうわ言のようにそう繰り返した。まだ意識がときどき遠くへ行ってしまうようだった。
「そうよ、あなたは同時を忘れてなどない、必ず思い出せるわ。涙の種を飲んでしまっただけなのだもの」
「…なみだのたね… を…?」
「そうよ、あなたはサメ使いが落とした涙の種を飲んでしまったの。人は、あまりに強い悲しみを抱えてしまうと、それを心の奥底に仕舞い込んでしまう。すると涙の種が咲かなくなってしまうのよ。咲くことのできなかった涙の種は、深海を漂流しふやけてしまうの。そうして複雑に絡まり合い、巨大な思考屑の林を生んでしまう…」
「…あのサメ使いのなみだのたねをわたしが飲んだ…どうして…」
「当然よ。サメ使いとあなたは友だちだったのだもの。あなたがサメ使いを好きだったように、サメ使いもあなたを追い出したくなどなかった…。知らないうちに絆ができていたのよ。
でも、人をがぶりしてしまったあなたをそうするしかなかったの。だって、サメ使いもファミリーを養っていかなきゃいけなかったのですもの。今だって、痛みを感じないふりをして仕事を続けてる。そうしてまた一つ咲くことのできなかった涙の種が、森海に落ちてきてまった…」
「サメ使いは…もう涙の種を咲かせることができないのかい?」
懐かしい友の話しを聞いて、鮫の意識は次第にはっきりとしてきた。
「できるわ。返してあげるのよ、サメ使いの心に涙の種を。サメ使いは未だにあの時の悲しみを味わえないままでいる。本当は苦しんでいるの…。それが何の苦しみなのか分からないままに」
「返さなきゃ、サメ使いに返してあげなきゃ…」
鮫は大粒の涙をぽとりと落とし、尾ひれをひくひく動かした。
「大丈夫。あなたが円か国に戻れば、種は人の心で咲くことができる。円か国のものが涙の種を飲むと、ココとソコが分かれてしまうのよ。そうして意識が動きはじめる。あなたは感情というものを知ってしまったの。それで混乱しているだけだわ。あたしも人間の足をチクリしてしまったとき、涙の種を飲んでしまった。そうして同時を忘れてしまったの… 人間と同じようにね。それでも、感情を知れたことはとても素晴らしいことよ。だって、あなたの痛みをこうやって感じることができるのですもの」
「どうやったら… どうやったらまとかくにに戻れるんだい?」
「同時を智る人の心に触れることよ」
「この森海にも…人がいるのかい?」
「あたし、マザームーンに聞いたことがあるの。フライがときどきこの森海に遊びに来てるって」
「…マザームーン?」
「すべての森海を司る光の声よ。マザームーンがひと呼吸する度に新たな森海が生まれる。そうして無限に広がりつづけているの。あたしは長い間マザームーンの声を聞いて、ようやくフライとは何かがわかったわ。人間の子どもよ。きゃっきゃしてて瞳がキラキラしててとっても遊ぶ人間なの。それでもっと知りたくなって浅瀬へ行くようになったのよ」
「じゃぁ、きみはそのときに足をチクリしてしまったんだね…」
「まったくドジでしょっ♪」
そう言ってレディマンタは恥ずかしそうに笑った。
それにしてもおしゃべり鮫とレディマンタは、こんなに打ちとけて友だちのようになっていたのに、どうしてあんな嘘をついたのだろう。鮫が泳げるだなんて…。
***
つづく
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