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モントレーの山奥から心の叫び 30
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30-- 「日本へ帰った尺八」 2337字
生えている木の高さは測れるが、重さは計れない。世界で一番高い木。
高さ111メートル、樹齢600年から800年のレッドウッドの木。
ロスアンジェルスに住んでいる日本人の庭師の人達はアメリカ杉とも言っている。
世界一高いこの木には名前までついている、「メンドシーノ トゥリー」。
この木には名前があり、高さまでわかっている。
でも、この木の重さはわかってない。
「フリムン徳さん、アホナコト言うな、お前、木違いか、気違いか、どっちやねん?」 この木のあるカリフォニアのメンドシーノ郡のユカヤの町に行ってきた。
サンフランシスコからフリーウェー101号を北へ約120マイルのところにある。
アメリカ人友達夫婦、バブとアルビラに会いに泊りがけで土曜日から日曜日にかけて行ってきた。近所に住んでいた彼らは病気のため、娘夫婦(ティーナとスティーブ)の住むこの町へ連れて行かれた。
私の住んでいる山の砂漠とも呼ばれるモントレーとは木の種類も空気も違う。
雨が多いのだろう。
レッドウッドの木がびっしりと真直ぐ、空に向かって生えている。
高い山々に囲まれたこの町は、以前住んでいたシアトルの町を思い出させる。
身が引き締まるような肌寒い空気も似ている。
同じカリフォニアなのに北国に来たような感じがする。
町の通りの名前が変に面白ろい、ワインでほろ酔いしたような気分にさせる。
シャブリ-、バーガンディー、ソービグナン、などと、彼らの住んでいる家の周りの通り11の名前が有名ワインの名前になっている。
もちろん彼らの家の通りの名前もソービナナンというワインの名前である。
何でワインの名前にしたのだろうか、私にはワインで有名なナッパバレーの近くにあるこの町もワイナリーが多いからとしか察しがつかない。
有名なワインの町にしたかった役所の人達の意気込みだっただろうか、それとも遊び心だったのだろうか。
日本の役所の人達にこんな事が出来るだろうか。
彼らの家の中には、本物のワインがいっぱいあった。
スティーブのコンピュータールームのクロゼットはワインの倉庫だった。
びっしりと並べられた数々の本物のワインは11のワイン名の通りどころか、数え切れないほどあった。
ようこれだけ集めたモンや。
やはりワイナリーの多い町に違いない。
「ワインを片端からテイスティングしながら、今晩、私はこの部屋で寝る」と言うと、皆は大笑いをした。
今晩はワインがたっぷり飲めそうだ。
二日目、日曜日の朝はティーナとスティーブの友達夫婦(ジョーとジャネット)が一緒に朝食に来てくれた。
60歳近いと思える白人夫婦。
玄関から入ってきたジャネットの顔を見て私は思わず「アーッ」と言いそうになった。
私好みのすごい別嬪さんだ。
胸がどきどきしそうだが、隣に旦那さんのジョーがおるので、息を飲んで胸の動機を抑えねばならぬ。
難儀やのう。眺めているだけで気持ようて十分なのに、彼女は笑ってまでくれた。
白人にしては、小さく口を開けて笑う笑顔は又、私をわくわくさせた。これは、えらいこっちゃ。隣に嫁はんがおるのに私の胸の中にぱっと綺麗な薄紅色のバラの花が咲いた。
やはり私は大阪の助ベーさんのようだ。
友は類を呼ぶ。
別嬪さんは別嬪さんの友達をつくる。
ティーナとジャネットはよく似ている、どちらも別嬪さんである。
女は自分よりブスな女友達を選んだほうが自分が目立ってより別嬪さんに見えるのにとこのフリムン徳さんは考えていたが、違うようだ。
どうも友達というものは容姿じゃなくて縁でつくられるようである。
二人とも綺麗な顔が似ている。
肌色が似ている。
肌が蚕の幼虫のように透き通っているように思える。
眺めているとつい吸い込まれるような感覚に陥る。
笑顔がいい。
この二人の笑顔を見ていると心の癒しになる。
嫌な事をすべて忘れさせてくれる。
フリムン徳さんが生まれ変わったら、こんな女子はんと結婚したい。
「徳さん、アホ抜かせ、別嬪さんと結婚したら、金がかかるのを知らんのか。己の酒代もよう稼がんくせに」。
まだ似たところがある。
薄いグレイの髪に少し白い髪が混ざった頭の毛。
フリムン徳さんは、へたくそな英語で真剣に聞いた。
「あなた達は髪の毛の色で友達を選ぶのですか」と。
すると、ジャネットの旦那さんの身体の大きなジョーが深々と頭を下げて、日本語で「オハヨウゴザイマス」と言った。
途端にジャネットに自分勝手に惚れ込んでいた心の緊張がほぐれた。
急に親しみが沸き、身近な人に感じられた。
英語に弱い私にはアメリカのこんな山の中の町で白人の口から出た片言の日本語に耳が立ち、目が丸くなって親しさを感じる。
さらに彼の語る尺八にまつわるストーリーは私の心をほのぼのとさせた。
彼は中学生の頃、日本の女性と文通をしていた。
軍隊に入り、朝鮮戦争で日本の横田基地に寄った際、栃木県の文通をしていた女性の家へ行った。彼女の家は300年も経つ古い農家だった。
生まれて初めてのすき焼きや、わさびの固まりを丸ごと食べて涙が止まらなかったこと、古い珍しいものを見せてもらったこと。
彼が一番興味を持ったのは壁に飾られていた古い尺八だった。
おじいさんもおばあさんも誰も吹けないから飾ってあるだけと言って、惜しげもなく、彼に日本のお土産といってプレゼントしたと言う。
彼はアメリカへ持ってきてから、尺八の吹き方に挑戦したが、やはり上手に吹けなく、「尺八は日本人の吹くもの」と諦らめて、日本の家の壁に飾られていたように、彼も家の壁に長年飾っていたという。
ところが2年程前にこの尺八に面白いことがおきた。
文通をしていた栃木県の友人の孫娘がアメリカのこの町へきた。
この時、彼は「自分は吹けないで壁に飾っているだけだから、この尺八は日本へ返すべき」と思い、孫娘に尺八をアメリカ土産としてもたせたそうだ。
40年近く、アメリカ人の家の壁に飾られていた尺八は又故郷の日本自分の家へ帰って行った。
40年後に日本へ帰った尺八の運命とジョーのやさしい気持とジャネットの綺麗な顔は、大阪道頓堀の赤い、青い灯のネオンのようにほのぼのと私の胸に咲いている。 フリムン徳さん