第25話 飽和する夏
ある夏の暑い日。私は買ったばかりの手持ち扇風機を相手に見せびらかすように仰ぐ。
海沿いのベンチに座って、意味もなく波打つ海を見ていた。
「あーあつい!夏!こっち来ないでよ!」
「誰に話しかけてんだよ」
「考えりゃ分かるでしょ!?コイツよコイツ!」
そう言いながら空を指さす。咲南花は呆れているようだった。
「はぁ……相変わらず唯花は長袖なのな。暑そう」
「もちろん暑いよ〜!下手すりゃ熱中症なるわ。でも、長袖着ないとじゃん?」
「そうだな」
すべてを話さなくても、それなりに濁しても、お互い言いたいことが手に取るように分かる。
それは長年一緒にいるからという理由だけではなさそうだ。
「てかさ、夏休みにこうやって2人で買い物に行けるの楽しい」
「まあ、なかなかできないもんな」
「そそ!今日だって渋々親が了承してくれたわけだし?」
「30分の抗争、もう二度としたくない」
「30分は長い(笑)」
茶番はここまで、というように私は真剣な顔で咲南花に向き合う。
「ねえ、昨日の話。どういうことか教えてほしい。『引退しようと思う』だけじゃ何も分からない」
「…………」
誰も話さない、無言の時間。私はただ相手の返答を待つだけだ。
「一昨日、機材を一式捨てられた」
「えっ!?」
「パソコンとかマイクとか、全部捨てられた」
「アンタには必要ないでしょって言われた。
それに勉強の邪魔になるからって、スマホの時間も短くなった。
データも消えてしまった。バックアップを取ってるものもあるけどそれらを使える端末がないから無意味かなって。」
「綸音の話、知ってるよね?」
「うん。でも彼女には自由がある」
「…………」
「家に帰ったらカメラがあるんだ。録音されてるかは分からないけど、確実に俺が何してるかはバレる。歌ったら口の動きでバレるかも。」
「親の言う通りたくさん勉強して、医者になって家族を安心させなきゃいけないんだ。今の活動が将来にどう繋がるかなんて分からないんだ」
唯花は考えを巡らせた後、何とか言葉を紡ぐ。
「活動休止じゃ、だめなの?
何年でもいい。10年でもいいからまたRain Dropsのさなとして歌ってくれないの?」
「………………」
咲南花は俯いてしまった。数秒後、雫がこぼれるのを見た。
彼女も辛いんだ。学生だから、まだ未成年だから、できることが限られて苦しくなることもあるんだ。
時には何かを諦めなければいけないこともある。だけどそれは、本当に不要なものなのだろうか。
これは飽和された夏のエピソード。