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第5話 漏れるため息
「はぁ……」
と呟いて、綸音はパソコンで別のアプリを開いた。
ソフトの名前は“deliversic(デリバジック)”
これは“deliver(届ける)”と“music(音楽)”いう英単語を組み合わせた名前だ。このアプリは作詞作曲ができるもので、綸音は今日もこのアプリで作曲を始める。
綸音が作曲をはじめたのは、4年前のこと。誕生日にパソコンを買ってもらって、パソコンの使い方について調べていくうちにプログラミングにハマり、動画投稿サイトにて作曲の仕方を学び現在に至る。
(新曲、まったく思い浮かばない)
最近はじまったことではないが、結成当初かられいどろメンバーの雰囲気がどこかぎこちない。綸音自身も話すのが得意ではないため、公式配信は沈黙が多い気がする。1人配信ではかろうじて話せるものの、誰かと一緒に配信をすると相手にしゃべりを任せてしまう。
四季の時は唯花や舞美のフォローがあって何とか話せていたが、れいどろになってからは唯花たちは瑠愛子たちのフォローに回ったので、綸音は自分でどうにかしないといけなくなった。
今までの人生を受け身で過ごしてきた綸音に、いきなり自由を言い渡されても酷でしかなかった。
「だからーーーーだって言ってるでしょ!!!」
「うるせぇ!!ニートのくせにワガママ言うなよッ!!!」
「きゃっ!!!離して…っ!痛い…………!」
また、聞こえてくる。月星家は昔からずっとこうだ。厳格な両親の元で厳しいしつけを受けてきたせいで、姉はうつ病になり、兄は不良になった。父は有名な反社組織の幹部にいるらしい。だから何かあればすぐに殴り合いのケンカを始める。
昔は母と綸音で3人のケンカを止めていたのだが、最近は誰も止める人がいない。
誰も止められないからだ────────。
母は最近、家を出ていった。
理由は簡単。こんな家庭環境でゆっくり休めるわけがないからだ。気づけば母は知らない男の人と母の私物だけを持って家を出た。父はしばらくヤケ酒をしては兄たちとケンカをしていたけれど、今ではお互いがお互いをストレス発散の道具としか見ていない。
(………めまいがする…)
薬を探すために仕方なくリビングへ向かう。その足取りは重く、3人の怒鳴り声がだんだん近づいてくる。すぐにでも耳を塞ぎたかったけれど、今さら部屋からヘッドホンを持ってくる気力もなかった。
少し歩いて、手を伸ばせばドアノブを回せる距離まで来た。だけど、どうしてかドアノブに手をかける勇気がなかった。
「お前なんかいらねえんだよこの出来損ないッ!!」
ボコッという鈍い音が鳴り響く。これもいつも聞く音。父が姉を殴る音。
姉はいつも殴られている。これも理由は簡単。姉は女性だから。兄は父と同じくらいの背丈だから殴り合えば、父だって無傷では済まないだろう。だから抵抗されずにストレス発散できるのは、姉だけなのだ。
綸音も一時期は殴られていた。でも姉を身代わりにする代わりに綸音は存在感を消した。
まるでこの家にいないかのように────────。
“月星家の子ども”ではないかのように────────。