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【連載小説#41】(二回目)

(「… そうだよな、初めて会った男にくっついてゆくほど馬鹿じゃないよな… あんた」男は遠くを見た。)

「ちょっと、「馬鹿」は失礼じゃない!?」奈保子は気色ばんだ。

「これは失礼…」男はこれ以上ないほどに真面目な表情で小さく頭を下げた。

「もういいわ。話しかけないでちょうだい…」奈保子は表情を緩めた。

「すまない…ぼくはこういう者です。また、会いたい」男が名刺を差し出した。

「えっ!?(壬生七郎…【財務コンサルタント】…)」

「気が向いたら連絡してくれないか」

「…正気?」奈保子は男の目を覗き込んだ。

「指環をしていないようなので…誘ってもいいかな、と思ってね」壬生は相変わらずの人懐こさを浮かべた笑みを返した。

「まったく、不躾な人ね…気が向いたらね…まあ、することはないと思うけど…」これ以上、彼に関わりを持ちたくない彼女は目を逸らした。

「…ママ、やっぱり帰るわ!」彼は立ち上がると厨房に声をかける。

『お料理は…!』女店員の声が響く。

「もういいわ!」彼は金を勘定場に置くと店を出ていった。

(変わったひとね…)奈保子は、両手でコートの衿を合わせて人波に紛れてゆく、曇りガラスの向こうの壬生の後ろ姿を眺めていた。

 五時の鐘が鳴り、オフィスを出ると手紙を投函して仕事を終える。魚彦に電話を入れる。買い物をしてから帰ることを伝えると電話を切る。小学生の息子とふたりきりで生きることが辛いと感じるほどに奈保子は身勝手ではなかった。最寄りの駅へと自然と歩調が早まる。今日も、いつもと変わらない一日だった。その彼女の一日が終わろうとしているそのときだった。今、すれ違った男に奈保子は他人とは思えない親しさを覚えた。「あの…!」奈保子は男の背中に声をかけた。

「はい!?」振り向いた男は見知らぬ男だった。

「あっ、いえ、あの…すみません」奈保子は頭を下げた。

「…」男は表情を変えずに背を向けると足早に立ち去った。

 魚彦が寝たのを見計らって、(壬生だったわね…)奈保子は自身に尋ねた。ハンドバッグの中の名刺入れを弄り(まさぐり)、名刺を引き出し、携帯電話の番号を見つめた。

『もしもし…』潜めるような声が七回目のコールを絶ち切った。

「…」不機嫌そうな声に奈保子が怯む。

『もしもし、どちらさん?』

「桜庭です」

『桜庭…?…なにかの勧誘?』

「あの…【トロント】で…」

『トロント…』しばらく間があって、

『あ、ああ…あのときの!?』人懐こい笑顔が思い出せるほどの覇気のある声が響いてきた。

―つづく―

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