【小説】ろうばの…
命の価値は誰が決めるのだろうか。
神だろうか、人だろうか、それとも別の何かなのだろうか―。
「明日手術なんだっけ?」
病院の一室。入院患者に尋ねたのは白を基調としたセーラー服に袖を通した少女だった。
「そうだぁよ。明日だねぇ」
一人部屋、窓際に置かれたベッドに横になる入院患者は、軽く頭皮まで透けた白髪の老婆だった。彼女はぱっと見何処が悪いのかと思うほど血色良いのだが、よくよく見ると青白い病人服の袖から抜ける腕は細く、皮と骨。肩周りも顔とのバランスが崩れていると思えるほどに小さくまとまっていた。
「由紀子は明日は学校かい?」
「ううん。明日は土曜日だから休みだよ」
ベッドの横、窓側に置かれた丸椅子に腰掛けて、由紀子はセーラー服のリボンを弄りながら首を横に振った。
「そうかい。明日は土曜日か」
ゆったりとした口調で、老婆はぼーっとその由紀子の向こうに広がる青空を眺めた。さらに彼女はその青空さえも通り過ぎた何かを見るように目を細めいた。
閉め切られた窓と病室の扉。
由紀子は俯きながら、じっと自分の祖母の布団から漏れたシワシワの指を見つめていた。その目は嫌悪と呼べば良いのだろうか、睨みつけるようだった。
二人とも同じ空間、向き合っているのに全く目が合わない。どころか見ているものが全く違うものだった。
「おばあちゃん…」
「ん? どうかしたかい?」
由紀子の消えそうな声に老婆はすっと目を彼女の方に向けた。潰れたようなまぶたの先、老婆の瞳に俯いたままの由紀子が映る。
由紀子は一分ほど黙りこくって俯いたまま、無機質な病室の一部と化した自分の祖母の姿を見ていた。
黙ったままの由紀子が口を開くのを、老婆は何を思うかも読み取らせない表情で待っていた。急かすようなこともせず、何か言葉を埋めるでもなく、ただ流れに身を任せるように由紀子の方を見ていた。
「…あのさ、変なこと聞いてもいい?」
「もちろん。なんでも聞きなぁ」
老婆が象が歩くようにゆっくりと頷いた。
その返事を聞くと、由紀子はぎゅっと唇に力を入れてからすっと抜いて、その少し紅潮した唇を動かした。
「…あのさ、おばあちゃんてさ」
「うん」
「おばあちゃんて、おばあちゃんだよね?」
その言葉を聞いて、少しの間、老婆は考えるように天井を見つめた。何を言っているのかと理解していない様子だった。
それを察してか、由紀子はさっきよりもはっきりとした声で口を開いた。
「おばあちゃんて、臓器とか色々、たくさん交換してるじゃん?」
「そうだぁね」
「でさ、その時にさ、お金払ってるじゃん?」
「そうねぇ」
「そうなるとさ…」
と、続きを言おうとして由紀子は言い淀んだ。その表情には明らかに陰が増えていた。
「そうなると、どうしたのぉ?」
「…そうなると、おばあちゃんの命って、今値段が決まってしまいそうだなって思って」
老婆は何を言っているのだと首を傾げた。
「お婆ちゃんが生きるために必要なお金がわかってしまうと思って」
「それが、どうかしたのかい?」
由紀子は勢いよく頷く。
「それってなんか、これまでのときは無限的価値を持っていたと思える体が、急に値段つくようになって、イコール命の値段のようで…。おばあちゃん、これまでの際限ない価値を持った人間っていう基準から逸れたように思えちゃって…」
「なるほどぉねぇ」
老婆は深く深く頷いた。
「それは、どうなんだろぉねぇ」
肯定するでもなく、否定するでもなく、老婆は流すようにまた外を眺め見た。