蓮華山麓(9)─留年決まりの夏山
大学一年生の夏、アルバイトの履歴書だけは送ってあった。それが針ノ木小屋だった。
大きな山小屋よりは小さなところ、メジャー山域よりはマイナーなところと考えていたら、「山と溪谷」の求人欄でここが目にとまったのだ。もちろん行ったことはない、どこにあるかも知らない。
ただ中学か高校か、国語の教科書もしくは国語便覧で、串田孫一の「山頂」という詩を読んだ。この詩が針ノ木岳の山頂なのである。そのことを覚えていたのだろう。
ところが履歴書送ったあとで前期試験の予定日が発表されたので、スズキ荘の電話で私は針ノ木小屋の先代に訳を話して断りをいれたと思う。その時「遅くなってもいいから、おいでになりませんか?」と、先代の上品なお誘いがあったのをよく覚えている。
翌年、なんたることかまたも静大は耐震強化工事で前期試験を後ろへずらすという。またも私の邪魔をしようというのだ。よしわかった、こちらにも覚悟がある。
私は二年生の前期試験を全て受けずに、針ノ木小屋へ向かった。
スズキ荘の諸先輩方同様、私も留年が決定した。