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【記者日記】兵庫県芦屋市·潮芦屋地区を訪ねる

                                                  かわすみかずみ

     兵庫県芦屋市の潮芦屋地区には復興住宅がある。阪神淡路大震災の被災者が県営住宅や市営住宅に入居し、現在も暮らしている。高齢化が進み独居の人も多いこの住宅の住民への支援活動が、善意の人々によって続けられてきた。しかし、これらの支援活動や地域のつながりが、兵庫県企業庁の政策によって絶たれようとしている。潮芦屋地区を訪ね、現状や住民の思いなどを聞いた。

   JR芦屋駅から潮芦屋地区まで、一直線の道を海まで歩いた。JR芦屋駅付近には富裕層向けのオーガニックレストランや外装が美しい美容室などが立ち並ぶ。街路樹からはらはらと落ちる木の葉も景観の美しさに花を添える。
  だが、20分ほど歩いて阪神芦屋駅を過ぎた辺りから、景色は変わっていく。飲食店もスーパーもなく、民家も駅前とは違う一般のものが増える。更に海の近く、芦屋浜中央公園辺りからは、公社住宅やURの住宅が並び、橋を渡った潮芦屋地区には、県営住宅、市営住宅、特別支援学校、老人施設が立ち並ぶ。
  この地域で地域ネットワークを維持し、高齢者などの支援を行う「南芦屋浜にとって大切な場所を残そう!地域住民有志の会」に参加する女性に案内していただき、住民が拠り所としてきた場所を見て回った。
  地域に1軒しかないセブンイレブン。入り口の扉は自動ドアではない。同店の店長小椋さんは、「どんな作業であっても、それをやめて、入店しようとする高齢者の方のために扉を開けるよう、スタッフに言っています」という。扉を開けたスタッフと住民が自然に会話し、交流が生まれる瞬間を大事にしたいからだ。

地域に1軒しかないセブンイレブンの入り口。住民とスタッフが自然に交流できるよう、自動ドアではなく、手開きにしている。



  店内にも外にもテーブルや椅子が置かれ、高齢者の皆さんがコーヒーを飲みながら談笑する場面があちこちにあった。小椋さんは当初、セブンイレブンの本部から「他店ではそんなことはしていない。椅子などの設置をやめるように」と言われていた。だが、復興住宅の高齢者の憩いの場であり、座れる場所が必要だと感じた小椋さんは、本部の注意を無視して椅子を設置し続けた。この結果、この店でのコーヒーの販売数は三宮などの都市部での売り上げに匹敵するまでになり、本部はその後何も言わなくなった。

  セブンイレブンの外の椅子に座ってコーヒーを飲んでいた高齢の女性に話を聞く。女性は震災当初から復興住宅に住んでいる。住宅には寝たきりの人や車椅子の人もいるという。「電球が切れて替えることができないとき、すぐに飛んできて替えてくれたり、ひとり暮らしで車もない高齢者の通院に付き合ってくれたり、セブンイレブンのオーナーには、みんなお世話になっているんです。お金儲けだけで新しく開店されても困る。年配者の支えはどうなっていくのでしょうか?ヘルパーも一時的な支援だけ。金儲けだけのコンビニなら来て要らん。ここのセブンイレブンはお金には替えられないんです」という。

兵庫県企業庁が策定した「潮芦屋プラン」はコンセプトとして「⽣活者の視点に⽴った多世代循環型の交流とにぎわいのあるまちづくり」を掲げ、これを元に、住⺠にとって必要なものが⾝近にあり、歩いて暮らせるまち、地域コミュニティの充実、防災に強いまちづくりなどの⽬標を⽴てている。だが、実際は地域の人々が歩いて暮らせる状況にはなっていない。

地域で住⺠への⽀援活動を中⼼となって⽀えてきた河原林晃さん(60代)は、コンビニをつくるために潮芦屋のタウンマネジメントの会社として株式会社潮芦屋マリーナエリアセンターを設立し、潮芦屋地区のまちづくりを積極的に⾏ってきた。

  セブンイレブンやマリーナエリアセンターが⾏ってきたもう一つの⽀援は、特別⽀援学校との交流だ。⼩学部の⼦どもたちとのさつまいもを育てる活動、中学部の⽣徒たちとヒマワリやチューリップを育てる活動、⾼等部の⽣徒の職業の授業の受け入れなども積極的に⾏ってきた。この場所に働きに来たり、⾼齢者の⽀援活動に参加する卒業⽣もいる。

特別支援学校の生徒とともにさつまいもを育てる取り組みで使われている畑。地域の高齢者も見守ってくれているという。


  
  潮芦屋地区は埋立地で、3本の橋で陸地とつながる。震災直後は潮芦屋地区には1軒の店もなく、夜は暗くて怖かったという。

  橋向こうの若葉町公社住宅に20年以上住んでいる女性(71歳)は、当時の状況をこう語る。「昔、このあたりを夜、車で走ったことがあるけど、道があるのに誰もいなくて、店も何もないので真っ暗だった。暴走族がすごい勢いで走っていたので、とても怖くてすぐに違う場所に逃げたんです」。この地にセブンイレブンができたとき、灯りが灯ったように感じたという住民は多い。セブンイレブンを拠点に、徐々に店舗が増え始め、今やっと、夜でも明るい街になったという。

  潮芦屋プランが壊した地域コミュニティ



  「潮芦屋プラン」で企業庁が所有地を分譲する際は、マリーナエリアセンターもコンペに参加し、提案書も出していた。だが、同センターは選ばれず、情報が開示されなかったり、コンペそのものへの疑惑などもあり、住民は不信感を持っている。
  コンペに際し、住民らは企業庁や芦屋市に要望書を出したり、意見を伝えに行っている。
  有志の会が保存する、当時の議事録によれば、セブンイレブンのあったA区画の分譲について、企業庁は当初、「地域住民のみなさんに必要な生活機能は残していくつもりです」と2022年12月に答えている。だが、翌年12月に再度有志の会が交渉に行くと、「事業者選定はあくまでも公平中立にしないといけないので、今の事業者を選んでくださいというのは違う」と前言を翻した。
  
また、地域住⺠に対する説明会については、有志の会で活動する女性(60代)がこう証⾔する。「私たちが企業庁などに交渉に⾏き、住⺠説明会を開いてほしいと⾔うと、『今、代表の⽅が来られているので、住⺠の⽅のご意⾒はここで聞けています』と⾔われ、説明会が開かれないんです」。セブンイレブンに隣接する未使⽤地については5回の説明会が開かれたが、セブンイレブンの件については⼀度も説明会はない。芦屋市⻑の⾼島崚輔(りょうすけ)⽒は、「対話型リーダー」ともてはやされ、⾃⾝もユーチューブなどで住⺠との対話を⼤事にしたいと述べているが、潮芦屋地区の住⺠とは、⼀度も対話していない。

橋向こうの若葉町のある住宅の⾃治会⻑さんは、河原林さんのまちづくり構想に賛同し、今年6⽉から介護事業所に参加。復興住宅の⾼齢者への⽀援を⾏っている。「若葉町でも、河原林さんの取り組みのようなものができないかと思っています。⾏政は、河原林さんたちの活動を⽀援し、賞賛すべきなのに、なぜコミュニティを潰そうとするのでしょうか?」と思いを語る。
「有志の会はさらに、マリーナ、スポーツセンターや結婚式場があった区画について、サウンディング調査の対象地区で契約が決まっていたのではないかと考えている。今後は、情報公開請求や住⺠監査請求を進め、これまで住⺠とともに作り上げてきたコミュニティや相互扶助の仕組みを取り戻したいという。」

  筆者が伺った12月21日、県営住宅前の場で、クリスマス会が行われていた。セブンイレブンで出会った人々が、地域住民への支援活動に賛同し、クリスマス会で歌ったり踊ったりした。中央には近隣のスーパーでもらってきたペットボトルを使ったクリスマスツリーがあり、日が暮れた17時頃には点灯式が行われた。河原林さんが前日夜10時頃まで準備していたというツリーは、赤や青の電球が灯り、普段外出の機会が少ない高齢者も喜んでいた。

河原林さんたちが近隣のスーパーなどからもらってきたペットボトルで作ったクリスマスツリー。点灯式には多くの住民が集まった。


  春には桜まつり、夏には盆踊りと、住民が求めるものをひとつづつ形にしてきた河原林さんたちの、地道で住民主体の活動が今、「潮芦屋プラン」によって断ち切られようとしている。企業庁がこのプランで分譲した土地は、オーナーの趣味であるクラシックカーの展示場やVIPルームとなり、また用途も定まらぬままに放置されているところもある。
  一方で復興住宅の住民は、ATMがなくなり年金がおろせない。独居の高齢者は通院も買い物もできなくなるなど、生きていけない状況となる。
  また、津波や地震などの災害時は、必ず陸の孤島となることが分かっている潮芦屋地区で、地域コミュニティが断たれれば、逃げられない高齢者や障害者はどうしたらいいのか。
  県や芦屋市に対し、住民の女性は「県や芦屋市は、しっかりせいと言いたい。困っている人を見捨ててるのはおかしい」と述べた。
  


  

  

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