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【記者日記】客観中立報道とはなにか
かわすみかずみ
元朝日新聞記者の鮫島さんが退社後から始めたユーチューブ「samejimatimes」を時々みている。たまたま鮫島さんが新潟県で行った講演会の様子が公開されていたので、先程聞いた。
鮫島さんは27年間朝日新聞記者として活動され、政治部では菅直人、竹中平蔵、古賀誠などを担当した。慰安婦問題のいわゆる「吉田調書」問題で渦中の人となり、その後退社。「朝日新聞政治部」という著書を発表した。
新潟での講演で印象的だったのは、「中立公平な新聞」などないと断言したことだった。これまで新聞、テレビ、すべての報道機関は「客観中立報道」をしていると自負してきた。
だが、鮫島さんは、今の世界の報道姿勢は違うという。CNNなど海外の多くのメディアは、自分たちの報道機関はこのような特徴があり、こういう面に偏った部分があるので、読む方は考慮してほしいと公表しているという。
また、記者の経歴を載せ、どのような傾向の記事を書くかをすべて明らかにしているそうだ。
私もずっと、「客観中立報道」とは何かを考え、悩み続けてきた。私は父親からの精神的虐待を受けて育ち、経済的にも貧困な環境で育った。保育士、介護士、養護施設の指導員など、多くは福祉の世界で働いてきた。そのため、貧困層や弱い立場の人達への取材が多く、逆に行政や国の政策への強い批判的態度がある。
自分のそういう傾向を直そうと幾度もチャレンジしていたあるとき、樋口健治さんという写真家の取材の機会を得た。
樋口さんは山梨県の奥地で農家に生まれ、苦労して写真家になった。樋口さんから教わったある言葉が、私を今も支えている。
それは、樋口さんが大久野島の毒ガス工場の被害者の撮影をしに行ったときのことだった。
この島でたったひとりで毒ガス被害者を見続ける医師から、「どうかこの人たちのことを伝えてほしい。この人たちが亡くなったら、なかったことにされてしまう」と言われた樋口さんは、患者に会いに行く。患者の家に行くと「帰れ!」と怒鳴られる。それでも何度も通い、やっと写真が撮れるようになった。樋口さんは、毒ガスによって心身を壊された患者が痛みにのたうち回る姿を見て「痛い、痛いと転げ回る人を前にして、中立も公平もない」と思ったという。
樋口さんは、「ジャーナリストである前に、ひとりの人間であれ」と教えてくれた。
自分のこれまで生きてきた道は、この言葉につながっていたのではないかと思っている。