[ラス/キュイ] 幼なじみ:序章
女神が庇護する地、エスプロジェン。
生命が始まったこの偉大な地には、彼女の祝福が込められた特別な武器が存在した。
その名は「グランウェポン」
かつて大陸を駆け巡った英雄たちの記憶は、寿命が尽き、大地に埋もれた肉体と共に消え去る代わりに、女神の導きを受けて魂が武器に宿り、その武器は英雄の力を具現する強力な兵器「グランウェポン」となる。
生前の英雄の力をそのまま使えるグランウェポンは、誰もが欲しがる魅力的な武器だが、誰もがグランウェポンを使えるわけではなかった。
自我を持つ武器は、鍛冶屋で武器を選ぶ人たちのように、自分を使うことになる人を評価し、選ぶ。
つまり、グランウェポンを使うためには、英雄の魂に選ばなければならなかった。
グランウェポンを使用できる人たちは、女神の祝福に感謝し、王国の騎士となってエスプロジェンを守護する。
その中で最も有名な人たちが……。
「『グランナイツ』だ!!」
幼い少年の憧れに満ちた声が広場に響き渡った。
丸い淡い茶色の瞳が、真昼の日差しを受けながら、さらに輝いた。
「女神を閉じ込めた邪悪な黒き龍イスマエルを倒したオレたちの英雄たちだ! グランナイツは全部で十二人で、団長はグランロード・レオン……! キュイ、聞いてる?」
「あ~、キュイは忙しいの!」
男の子が話す勢いに負けじと、女の子も大きな声で答えた。
男の子は読みすぎてボロボロになった童話の本から顔を上げた。
サーモンピンク色の髪の毛の上に、同じ色のミケ族の耳が尖っている小さな女の子は、腰を曲げたまま注意深く広場の床を見つめていた。
男の子も同じように床を見たが、正方形になった白い石の床だけが続いているだけだった。
「……キュイ、何してるの?」
「キラキラ探し!」
「キラキラ?」
「うん! あ、ラスは探さないでよ。キュイが全部手に入れる!」
ラスと呼ばれた男の子は、ミケ族のキュイの言葉を理解しようと努力し、再び尋ねた。
「キラキラって何? そんなのが床にあるの?」
「ラスは泣き虫でバカなの~? ラグナデアはすごく広いじゃん。噴水もあるし、人も多いし! だから噴水を見ながらキラキラを落とすことがあるんだよ……あっ、これ見て! ここにある、キラキラ!」
自分は泣き虫でバカではないとラスが反論しようとする瞬間、キュイが歓声と共に噴水につながる階段で何かを取り上げた。
小さな手に握られた丸いものが、日差しを受けてキラリと光った。
「……コインじゃん。キラキラってコインのことだったの?」
「もちろん! キュイはキラキラを集めて金持ちになるんだよ!」
「床でお金を拾ったなら、持ち主を探さないといけないんじゃないの?」
「ラスはやっぱりバカだね~、しょうがないな~、このお姉さんが教えてあげる」
「キュイは十歳じゃないか。オレは十一歳なのに……」
「ラスが何も知らないから、キュイがお姉さんなの! よく聞いて~、キラキラに名前が書いてあるわけでもないし、人もこんなに多いのに、どうやって持ち主を探すの? このキラキラが何時何分何秒に落ちたのか、ラスは知ってるの? 知らないでしょ? 落とした人も当然知らないって! こうして捨てられた寂しいキラキラは、キュイのポケットに入って友達と一緒にいるのがずっと幸せなんだよ!」
自信満々なキュイの声は、ラスが今まで学んだ「騎士たるものは、成さねばならぬ行動」を完璧なまでに逆行していた。
混乱していたラスは、すぐに「キュイは騎士のことを知らなかったから、そうするだろう」と納得した。
それもそのはず、キュイはラグナデアに来てまだ一週間、グランナイツも知らない友達だから!
ラグナデアに住む子供なら、誰もがグランナイツを知っている。
エスプロジェンの首都であるラグナデアは、十二人の英雄たちが黒き龍を倒して帰還したところでもある。
グランナイツが通った道は「凱旋の道」と呼ばれ、今も巨大なエスプロジェンの旗が道に沿って並んでいる。
黒き龍を倒した英雄たちが凱旋する時、ラグナデアの人々が集まり、絶えない歓呼の声と共に四方へ花が舞ったという。
ラスもいただろうが、あまりにも幼い頃だったので覚えていなかった。
だが、その時、グランロード・レオンを見て、この憧れが始まったことは間違いなかった。
広げられた童話のページにも十二人の英雄の姿が描かれていた。
その中で一番前にいる金髪の騎士、グランロード・レオンを見ると、ラスの心臓はドキドキした。
他の子供たちも同じなのか、グランナイツ遊びをする時もグランロード・レオンの役割はいつも一番人気が高かった。
当然、ラスもグランロード・レオンになりたかったし、それにふさわしい騎士になるため、毎日木刀を熱心に振り回していた。
「キュイもグランナイツを知ったら、 グランナイツになりたいと思うよ」
ラスはそう信じて疑わなかったし、友達になったキュイにグランナイツを教えようとした。
実際、キュイはまだ街の隅々を探すのに余念がなかったが、 ラスは真剣に話した。
「キュイ、これは大事なことだよ。騎士になるためには試験を受けなきゃいけないけど、グランロードとグランナイツの内容は、必ず出るんだって」
「キュイは騎士にはならないよ?」
「なんで? 騎士になって エスプロジェンを守らなきゃ!」
「それをやったら、お金をたくさんもらえるの?」
「……それはよくわからないけど」
「ちゃんと知らないくせに、騎士になって言うの? ラスは子供だね!」
自分の方が年下のくせに!
ラスはムッとしたが、反論することはなかった。
騎士は名誉のためにみんなを守るものだと言われてたのに。
ところで名誉って何だろう? キュイの言葉が痛いほどに、ラスが騎士についてきちんと知っているわけではなかった。
グランナイツの旅路は、すらすらと覚えられるけど!
ともあれ、ラスは友達の意見を尊重した。
キュイはお金のことを大切に思っているようだから、家に帰ったらカルリッツに聞いてみよう。
そして、キュイが騎士になろうと決心したら、グランナイツについてたくさん教えてあげないと。
ラスはキュイより一歳年上だから、もっと大人っぽく振舞おうと思って頭を上げた。
キュイはキラキラ探しをしていて、いつの間にか遠くにある路地まで入っていた。
「キュイ、どこ行くの!?」
次第に遠ざかるミケ族の耳を追って、ラスも童話の本を閉じて急いでその後を追った。
街灯の下で、キュイが得意げな顔でコインを拾い上げ、さらに奥の路地に入ろうとするのを急いで捕まえた。
「ここは入ると危ないって言われたよ」
騎士団の管理人のお姉さんも、警備隊のお兄さんも同じことを言っていた。
ラスはキュイが意地を張るのではないかと戦々恐々と眺めていたが、意外にも少女は大人しかった。
ラスの視線に沿って薄暗い路地を眺め、素直にうなずいた。
「ラスは泣き虫だから、怖いところはよく知ってるでしょ」
「キュイ……オレは泣き虫じゃないよ」
ラスは、この汚名も納得がいかなかった。
ラスがキュイと出会った一週間前、初めて見るミケ族の子供が、広場にぽつんと立っていた。
自分より小さい子供が道に迷っていると思うと、目頭が熱くなっただけだ。
未来の騎士を目指すラスは、迷子の少女に家を探し出し送り届けようとした。
それは確かに騎士らしい行動だったにもかかわらず、翌日に会ったキュイは、ラスを泣き虫と呼んだ。
「じゃあ、あそこは大丈夫?」
キュイはラスの言うことを聞くそぶりもせず、反対側の路地を指差した。
そちらは確かに何も言われていなかった。
それもそのはず。
「あっちはゴミ捨て場だよ」
怖い人たちも避ける場所だからだ。
「わかった、あそこへ行こう! キラキラの匂いがする!」
「ゴミのにおいじゃなくて……?」
キュイはひるむことなく、そちらへ足を運んだ。
危険な場所に行くよりはマシだからと、ラスは後に続いた。
建物が密集する狭い路地の先は、あらゆるゴミが集まっているゴミ捨て場だった。
まだ回収前だからか、悪臭がして二人の子供は鼻をつまんだ。
それにも関わらず、キュイは退かなかった。
道中で二度もキラキラを拾ったからだ。
キラキラはキラキラを呼ぶ! キュイは奇妙な論理を掲げてゴミ捨て場の前までたどり着き、ラスは少し離れた場所でため息をついてその姿を見守った。
この試練に耐えるため、ラスはグランナイツの話を次々と並べた。
グランロード・レオン、鷹の目・ルドミラ、死の影・カルシオン、守護の誓い・カルリッツ……英雄たちの物語は、騎士を夢見る少年に、悪臭の試練を越える勇気と忍耐力を与えてくれた。
鼻声で朗読される十二人の英雄たちの年代記もそろそろ終わる時、キュイが突然叫んだ。
「ラス、助けて!」
「最後にグランロードの刃が……え? 助けてって?」
「これ、一緒に取るの手伝って!」
キュイが巨大なゴミ箱の端から何かを力いっぱい引っ張っていた。
あのまま放っておけば、キュイも悪臭の仲間入りになることが明らかで、ラスはキュイに近づいた。
ハエが飛び上がっているにもかかわらず、躊躇なく手を入れたキュイが苦しそうに言う。
「上にあるものをどかして!」
「ゴミなのに!?」
「泣き虫ラス、早く!」
グランナイツは、王国民の助けを求める声を断ってはならない。
未来の仲間も同じだ。
キュイが自分と一緒に騎士になることを固く信じているラスは、再び鼻をしっかりと塞いで、中身を確認したくない悪臭の袋を取り出して隅に投げた。
キュイが引っ張っているものは、もっと下にあった。
腐ったキャベツがいっぱい入った箱を片付け、泥が絡まってついた重い布の束を横に押し出して、キュイはタマネギの網に絡まった何かを取り出すことができた。
激戦の末、ゴミ捨て場の物たちと似たような姿となったラスが、キュイが握っている物を眺めた。
子供たちの両拳より大きなゴツゴツとした石があり、その周囲を錆びた鉄が鎧のように包み込んでいた。
魔法使いたちが使うオーブだった。
そして、そのオーブはどんなに眺めていてもキラキラとは輝かなかった。
「キュイ、それキラキラなの?」
「うーん、ヘンだなあ。さっきは確かにキュイの手が触れたら、ピカッ! て光ったんだよ。ラスも触ってみてよ」
キュイが突然差し出すと、ラスはためらいながらも慎重に手を伸ばした。
ゴミ捨て場にある物は、ジメジメとして冷たかったが、これは違った。
ラスもほのかに感じる暖かさに、目をパチクリとさせた。
「ピカッっというのは分からないけど、不思議と暖かいね」
「きっと大きなキラキラだよ!」
キュイはそう言って、自分のスカートの裾で、一生懸命に真ん中の石をこすった。
薄い布が真っ黒な煤を拭き取ると、本来の色を取り戻した石は、黄色に帯びていた。
キュイの口が嬉しそうに開いた。
「黄金かな? 黄色いから黄金だよね!? 早く売らなきゃ! キュイはお金持ちだ~!」
飛び跳ねるキュイを見て、ラスはあれが本当に宝石なのか悩みに陥った。
でも、キュイがあまりに嬉そうにしているので言えなかった。
腐ったキャベツと比べると、当然宝物になるだろうが、あれは誰に売れるのだろうか……?
[本当に売り飛ばすつもり? ]
「もちろん売らないと! ラスがおねだりしても、キュイはあげないからね!」
キュイはラスに向かって話し、ラスは激しく首を横に振った。
「オレが言ったんじゃないよ!!」
「じゃあ、ここにラス以外に誰がいるの?」
目を丸くしたラスは、指を伸ばしてキュイが持っている物を指差した。
依然として煤が付いているにもかかわらず、宝石はさっきと比較にならないほど明るく輝いていた。
「な、なんで急に!?」
驚きながらも、キュイはオーブを逃さずぎゅっと握りしめた。
真ん中の宝石がさらに明るく輝いて、光と共に何かが噴き出し、キュイはそのまま尻もちをついた。
「キュイ、大丈夫!?」
ラスが急いでキュイに近づき、キュイは返事の代わりにぼんやりと手を見つめた。
光が消えた石の上に、ある生命体が乗っていた。
それは丸い黒い目には、同じく丸い金の縁のメガネ、ヒマワリの種のような鼻、愛らしい手足、そして背中を覆うトゲ。
キュイがその小さな生き物を指して叫んだ。
「ハリネズミ!?」
ラスはそれよりも大きな声で叫んだ。
「これは「グランウェポン」だよ!」