[ラス/キュイ] 幼なじみ:2話

 サーモンピンク色のミケ族の耳の下から、ゆるく流れるツインテールの少女、キュイが気勢を上げて叫ぶ。

「エレス、準備できたよ!」[うん! ]

 キュイの傍らに浮かぶオーブの形をしたグランウェポンが、ほのかに輝きながら答えた。キュイは再び元気よく叫んだ。

「ウチらの敵は目の前にいる! 勇猛な砲撃こそが敵を倒すのだ!」

 エレスも負けずに声を高めた。

 [炎の杖よ~! ]「いや、ちょっと待って……!」

 茶色い髪の少年、ラスは必死に叫んだ。

「どうしてオレが標的の傍にいなければならないの!?」

 一週間前、ラグナデアに見たことのない顔のミケ族の少女が現れた。

 頭の上に大きくそびえ立つミケ族の耳は、濃いピンク色で、先端だけ黒く、その下に続くツインテールも、耳と同じピンク色だった。自信満々に見える目も、髪の毛と同じ色で輝いていた。

 ラグナデアに住む同年代の子供たちは皆、新入りの存在に気づいたが、軽率に近寄れなかった。この新入りは子供たちに近づく代わりに、うつむいたまま一日中地面ばかりを見て、広場や街の隅々をうろついていたからだ。今はそれが「キラキラ拾い」ということを知っているが、ヘンな子に見えるには十分だった。実際はキラキラ拾いであることを知っても、ヘンな子ではあった。

 グランナイツごっこをしていた子供たちも家に帰る時間。空に濃い夕焼けが落ちるまで、そのヘンな子は家に帰らず、広場に立ってぼんやりと赤い空を見ていた。そこでラスは、子供に話しかけた。

 そのヘンな子が、まさにキュイだった。

 そのように友達になったキュイは、ラスが今まで見た人の中で、最高にお金に執着する子だった。ラスの夢がグランナイツであるのに対し、キュイの夢はお金持ちであり、ラスが誕生日プレゼントでカリッツに木刀をもらった時、キュイはビナから丈夫なコイン入れをもらった。

 ラスの中でキュイを表現する単語は「お金」であり、今日会った「魔法使い」のキュイは、とても新鮮であった。

 今日、ラスがキュイと会う約束の場所はラグナデアの城の外だった。魔物が出るからあまり遠くに行かないようにと言う警備兵に、力強い返事をしたラスとは違って、キュイは妙に落ち込んでいるように見えた。普段のぴょんぴょんとした足取りはトボトボとして、ノリノリの鼻歌も全く出なかった。

 二人が城の外まで出た理由は、昨日手に入れたグランウェポンのエレスを試してみるためだった。

「キュイ、やりたくなかったなら帰ろうか?」「いや、せっかく手に入れたんだから、使ってみないと」「でも、キュイの足取りが遅いじゃないか」「ラスの勘違いだよ! キュイは天才魔法使いだよ! ラスこそ、キュイの魔法に驚いてひっくり返らないように~!」

 キュイが肩に力を入れならがら言う言葉に、ラスはうなずいたが、心配そうに見つめていた。二人の子供が到着したのは、川の近くだった。考えなしに突っ走るキュイにしては、かなり慎重な判断だった。

 キュイは標的を水辺のすぐそばにある白い岩に決めた。そこまでは大丈夫だったが、なぜかその標的の横にラスを置きたがっていた。

「ラスが横にいた方が、うまくコントロールできそう!」「どんな調節なの? 一緒に丸焼きにしたいんじゃなくて?」「ラスはどうしてキュイにそんなヒドイことが言えるの!? キュイは守るべきものがあってこそ、もっと強くなれるんだよ!」

 悲しいことに、ラスはその言葉に感動してしまった。仕方なくラスは、キュイを強くするために、標的のそばに立った。

 こういうのをどこかで見たことがある。自分の息子の頭の上にリンゴを乗せる名射手の話だったと思うんだけど。グランナイツに感動を受けたラスなので、他の童話は疎かにして正確に覚えていなかった。

 キュイが名射手であることを願って、ラスはキュイの魔法を正面から見守った。

 騎士団の近衛隊長であるカルリッツと一緒に暮らしているラスは、自然と騎士団の人々と親しくなり、彼らは騎士が夢であるラスに練習場をこっそり見せてくれた。そのおかげでラスは、魔法を使うの場面を何度か見たことがある。

 空中で水滴が生まれ団結し、巨大な塊になって木人の上に容赦なく降り注いだ姿は、今も鮮明に記憶している。キュイの魔法は、ラスが知っている魔法とは少し違った。杖を持って振り回し、自然の元素を呼び出す代わりに、キュイは自分の身体を丸めた。

「フーッ!」

 気を集めるのか、力を入れるのか、よくわからない声を出すキュイの頭の上に、燃えさかる火の玉ができ始めた。続いて丸めていた身体をヒトデのようにぱっと広げると、キュイの頭の上で固まっていた火が素早く飛んでいった。

 火の玉は標的にしていた平らな白い岩の方へ飛んで行き、隣に立っていたラスは息を殺してその姿を見つめた。幸いなことに、炎の魔法はラスの服の襟一つ触れず、すぐそばの岩だけが真っ黒に焼けた。

「すごいよ、キュイ!!」

 ラスが岩を見て叫ぶと,キュイは威張った。

「これくらい、キュイに朝飯前だよ!」

 今度はグランウェポンの番だった。キュイは足元に置いていたグランウェポンを持ち上げた。エレスがポロンと音を立てて、ハリネズミの形をして現れた。

 [エレスの番よ? ]「うん! エレスの実力をキュイが試してみるよ! キュイは厳しいカントクだから覚悟してね~」[エレスの力をキュイが借りるのよ? ]「そうだよ! それで、エレスは自信がないってこと?」[自信ならあるわ! エレスは偉大な魔法使いさんの勇猛なハリネズミなのよ! ]

 そう言って、エレスは再びグランウェポンの中に入った。黄色の宝石が埋め込められたオーブが空中に浮かび上がり、キュイの肩の近くをさまよった。ラスは不安そうにキュイを見た。今度はキュイも悩んでいる様子だった。

「うーん、グランウェポンは一度も使ったことがないから、ピンとこないね。ラスはどいて!」

 キュイの言葉にラスは安堵したが、それでも問い詰めることは忘れなかった。

「守るものがあると、強くなれるって言ったのに……!?」「それはそれ、これはこれ! エレス、グランウェポンはどうやって使えばいいの?」[魔法を使う時、エレスを通じて放つと思えばいいんだよ! マナをエレスに集中させて! ]

 エレスの声がグランウェポンを通じてザワザワと響くと、しばらく首をかしげていたキュイは、すぐに理解したかのようにうなずいた。そして、さっきのように身体を丸めて魔力を集めた。

 先ほどと同じ時間にもかかわらず、キュイの頭の上に集まる火の玉は、はるかに早く、大きく生成された。キュイが手を伸ばすと、小さな火の玉の代わりに炎で輝く二匹の蝶が現れた。火炎の翼をヒラヒラとさせていた蝶は、キュイの手に合わせて岩に向かって飛び、大きな音を立てて爆発した。

 煙が消えると、焦げていた岩は爆弾にでも当たったように砕けて、破片になっていた。さっきとは比べ物にならない威力にラスは口を開け、キュイの目も丸くなった。ハリネズミが現れ、キュイのように意気揚々と話した。

 [どう、すごいでしょ? キュイの小さな炎をこれだけ引き上げたんだよ? ]

 その全ての過程を見守っていたラスは、拍手をした。

「すごい、エレス! これがグランウェポンなんだ!」[ほ、褒め言葉はありがたく受け取るよ! ]

 エレスは空中でクルリと回った。キュイは腕を組んで、砕けた岩を見ながらジッと考え込んでいた。ラスは不思議そうにキュイの顔を見た。

「キュイ?」「ん? あ、スゴイ、スゴイ! エレスは最高だよ~!」「どうしたの? やっぱり体調が悪いんじゃないの?」「あ、違うの。ウチは元気だよ! ただ、ちょっと考えてたんだ。キュイはもっとシュとして、ドッカーン! ってなると思ったのに~。いや、今のもすごかったよ。だから、ウチが言いたいのは火の玉がこうやって、ここをドカンッ! それであちこちに燃え移って、でも、これがバーンッてくるような感じ!」

 両手をバタバタさせながらのキュイの前衛的な説明に、ラスはついていけなかった。エレスでさえ首をかしげると、キュイは首を横に振った。

「はあ、キュイは天才だから、なんとか突き止めるよ。じゃあ、エレス! もう少しやってみよう。キュイのマナはまだこんなにあるんだから!」[エレスはキュイを通じて力を使うから、もっとやっても構わないよ! ]「そう? じゃあ、水の中にあるあの石はどう? 水に負けることなく燃やしてみようよ!」[水まで一気に届くには、もっと強い魔力が必要だよ……]「キュイはできる! エレスも頑張って、どんどん花火を撃つんだよ!!」

 キュイの意欲あふれる言葉がエレスの心の琴線に触れたのか、エレスも力強く飛び上がる。そうして少女とグランウェポンは川辺に沈んだ石を燃やそうと奮闘し、それを見ていたラスも胸が熱くなった。

「そう、グランナイツになるためには、絶えず訓練をしなければならないんだ!!」

 花火を打ち上げる少女のそばで、少年も木刀を力強く振り回し始めた。

 ラスの手から木刀が滑り落ち、身体は草むらに倒れ込んだ。木刀を拾おうとしたラスは、汗で手が濡れていることに気づいた。肩まで震えるほど息が上がった。

 ラスは木刀を拾う代わりに草むらへ横たわった。頭のてっぺんにぽっかり浮かんでいた太陽が、いつの間にか沈みかけていた。

 キュイとエレスの声を聞きながら木刀振りをしていたようだが、気がついたら二人の声は遠ざかり、ラスだけが訓練に没頭していた。

「もう終わった?」

 キュイの声が聞こえる方に顔を向けると、草むらに座り込んで足を伸ばしたキュイがラスを眺めていた。

「うわっ、ちょっと休もうと思っただけなのに……ずいぶんと時間が経ってたようだね」「ラスってば、鬼に取り憑かれたように、木刀を振り回していたよ。平原で死んだ剣士の魂がラスに乗り移ってたんじゃないの?」「あはは、違うよ……騎士団のお兄さんお姉さんたちにも、集中力はいいと褒められたよ。他は……うーん、頑張ればよくなるって……」「ラスは要領が悪いね~」

 そう言ったキュイは、地面にあるグランウェポンを手に取り、スカートの裾でさっと拭いた。その姿を見ていたラスが尋ねた。

「エレスは?」「エレスは疲れて休んでいるよ」

 ラスはエレスの真似をするキュイを見て笑い出した。

「グランウェポン、すごくきれいになったね。家に帰って手入れをしてくれてたんだ!」「エレスがきれいにしてって大騒ぎだったの。エレスもそうだし、ビナも横から口出ししてさ。武器を汚く使ったらダメだって。キュイが汚したわけでもないのに、ウチ悔しい~」「もうキュイのグランウェポンだからね」

 羨ましさを込めて、ラスはキュイのグランウェポンを眺めた。ラスも早くグランウェポンを手に入れたかった。

 グランソウルはラスのパートナーであり友人になるだろうし、キュイのように一緒に楽しく訓練をすることもできるかもしれないが……。キュイのようにゴミ捨て場で探すべきか、聖木の近くをうろつくべきか? そんな考えをしていたラスは、首を横に振った。

「いや、近道はないってカルリッツが言ってた。一生懸命、訓練してこそグランウェポンに会えるんだ。待っててくれ、未来のグランウェポン!」

 拳をぎゅっと握り締めながら再び心を引き締めるラスの姿を、キュイがぼんやりと眺めていた。

「ラスは騎士になりたくて頑張ってるの?」「うん! オレはグランナイツになるから!」「グランナイツって、コインをたくさん稼げる?」「……グランナイツは世界最強なのに、それで十分じゃないの?」「十分じゃないよ。ラス、この世界ではコインが大事なんだよ!」「オレにはよくわからないけど……」

 うつむいたラスは、ふとカルリッツとの会話を思い出して言った。

「そうだ、騎士団の給料について聞いたんだけど、キュイが騎士団に入ることになったら教えてくれるって」「えぇ、そんなのある!? 給料の条件を聞いてから、入るかどうかを決めるでしょ!」「……キュイなら絶対に入らないって言うから、こう言えって言われてたのに……何だっけ? 給料は滞納されないし、福祉がいいと言ってた。王国正規職員……? ってことかな?」

 実際、ラスは自分が何を言っているのか、意味が理解できなかった。カルリッツが言ったことをオウム返しのように真似しているだけ……. しかし、キュイは真剣にラスの言葉を理解していた。

「ふむ~王国軍の騎士団は安定した職場だってことだね」「そ、そうかな?」

 騎士団はそうものじゃないのでは? 騎士団はエスプロジェン王国と女王陛下を守る、名誉と誇りではなかったのか? しかし、キュイは真剣で、カルリッツも答えてくれたのを見ると、重要な問題かもしれない。

 いわゆる大人たちの事情? でもキュイはどうやって大人たちの事情を知っているのか……? 

「うん、悪くない条件だよ。でも、騎士になるのはちょっと大変そう~」「なんで!? グランウェポンを扱えるじゃないか!」「キュイはビナと一緒に旅立たないといけないから。ラグナデアもちょっと立ち寄っただけだよ。ここは大きな街だから、少し長く滞在するだろうってビナが言ったけど」

 キュイとビナは放浪の行商人だ。エスプロジェン全域を転々としながら商売をするが、この地域にない特産品を他の地域で買ってきて売るやり方だという。キュイがキラキラに執着する理由も、職業上の特性である可能性が高い。

 ラスは、騎士団の近衛隊長であるカルリッツと一緒に暮らしているラグナデア出身なので、騎士になる未来が当然だった。ラスはしばらくカルリッツと旅することを想像しようとしたが,うまくいかなかった。純白の鎧を脱いだ代わりに、エプロンをかけて商売をするカルリッツの姿は、とてもぎこちなかった。

「そうなんだ。キュイは旅立たないといけないんだね……」「もう、寂しがらないでよ~キュイが発つ前まで、いっぱい遊んであげるからね~」「グランウェポンも扱えるのに……」「それはキュイが天才だから仕方ない!」

 ラスは何だか悔しかったが,反論することはなかった。風が茶色い髪とピンク色の髪を次々と通り過ぎた。夕焼けが混じった風は、真昼より涼しかった。家に帰る時間が近づいていた。

「キュイ、もう……」

 ラスの言葉は後を絶たなかった。さっきまで楽しくはしゃいでいたキュイが、頭をうなだれていて、黒いローブを着た誰かがそのようなキュイを捕まえていた。

「キュイ!!」

 ラスが起きて飛び掛かろうとした瞬間、突然、鼻と口の厚い布で塞がれる。布から漂う香りに、ラスの頭はクラクラとした。自然と膝が折れ、全身から力が抜ける。

 木刀が手からスッと抜けたが、指一本動かすことができなかった。後ろで誰かがラスを掴んでいる。

 意識を引き止めようと努力するもむなしく、オレンジ色の瞳は、力なく閉じてしまった。