[ラス/キュイ] 幼なじみ:1話
「グランウェポン?」
キュイがミケ族の耳を動かしながら、ハリネズミとその下にある玉を眺め、ラスは力強くうなずいた。
ラスは信じられなかった。
グランウェポンだなんて! グランウェポンがゴミ捨て場から出てきたなんて!
ラスと一緒に住んでいるカルリッツは、エスプロジェン王国の騎士団長で、彼の巨大なハンマーはグランウェポンだった。
グランナイツに憧れるラスは、カルリッツにグランウェポンの話をしてほしいと、暇さえあればせがんで、彼は大きな手でラスの茶色の髪をくしゃくしゃとしながら、たまに騎士団長になる前の冒険の断片を聞かせてくれた。
壁に寄りかかっているグランウェポンから出たグランソウルも、重々しく一言を加えたりもした。
騎士団になるための第一歩であり、最も重要な資格が、まさにグランウェポンだった。
グランウェポンを扱うことができる者だけが騎士になることができた。
グランソウルが応答したということは、キュイが女神の祝福を受けるという意味であり、騎士になる資格を備えたという意味だった。
やっぱりキュイは未来の騎士団の仲間だった! ラスは胸がいっぱいになった。
「うん。グランソウルが現れたんだから、間違いない!」
しかし、キュイは依然として疑いの眼差しでハリネズミを眺めていた。
「これがグランウェポンなの? ありえないでしょ」
「なんでありえないのさ? 確かにゴミ捨て場から出てきたのはおかしいけど」
「ラスがキュイに言ったじゃん。グランウェポンは英雄の魂が入っているんだって。ハリネズミがどうして英雄なの?」
「全部聞いてくれてたんだね、キュイ!」
面倒くさそうにしていたのに、覚えてくれていた! 感動したラスを無視して、キュイは突然現れたハリネズミとにらめっこをするのに忙しかった。
ハリネズミがトゲをまっすぐに立てた。
[エレスは偉大な魔法使いであるご主人様のたった一匹だけのハリネズミ! 勇猛なハリネズミ! ]
「わっ、話せるんだ」
二人の子供は純朴にハリネズミを眺めた。
「触ったら痛いよね?」
[エレスに触らないで! ご主人様でなければ、エレスに触れちゃいけないの! ]
「ラス、グランウェポンはみんなこうやって可愛くお喋りするの?」
「いや……みんなそうじゃないよ」
ラスはカリッツのグランウェポンを思い浮かべながら言った。
時折、発する彼の一言は、ゆっくりとだが力強いものがあった。
大きな木のようなグランソウルは、カルリッツに似ている。
グランウェポンは魂で繋がるものだと言ったので、お互いに似た人とグランウェポンが出会うかもしれない。
もしかしたらキュイとエレスも似ているかも? ラスが目の前にあるグランウェポンとキュイを注意深く見つめていると、ハリネズミが口を開いた。
[エレスがグランウェポンであることがわかったんだから、売らないでしょ! ]
「いや、キュイは売るよ」
キュイの断固たる一言に、ハリネズミの丸い目がさらに丸くなった。
[なんで!? エレスはグランウェポンだよ! ]
「グランウェポンのほうが高く売れるんじゃないの? むしろよかった!」
「キュイ! 主人を失ったグランウェポンは、聖木に戻らなければいけないの!」
「キュイが拾ったんだから、キュイが主人だ! キュイはこのハリネズミを売ってお金持ちだ~!」
[エレスのご主人様は一人だけ! あなたはエレスのご主人様じゃない! ]
「キュイがほったらかしていたら、エレスはそのまま焼却場に行って燃えてたかもよ? キュイが苦労してゴミを片付けて助けてあげたんだから、キュイのもの!」
「片付けたのはオレなのに……」
ラスの言葉は、きれいに無視された。
[エレスはご主人様を見つけなきゃ! 売れたらご主人様を探せない! ]
「キュイとは関係ない! キュイはキラキラをたくさん集めなきゃいけないの!」
互いに声を高めた混乱の中でも、キュイは主張を曲げず、売れる危機に直面した可哀そうなグランウェポンは、ついに涙を流した。
[売ったらダメだよ……エレスはまたいじめられて、ゴミ箱に閉じこめられてしまう! ]
赤ちゃんハリネズミの涙に、ラスはもちろん、キュイさえも心が弱くなった。
悲しそうに涙を流すエレスをなだめて、子供たちは、錆びたグランウェポンの話を聞くことができた。
エレスは聖木で眠り、目を覚ますと見知らぬ人の手に握られていた。
エレスを連れ出した者は、グランウェポンの密輸業者だったようで、取引の中でエレスはグランウェポンを欲しがる名前も知らない男の手に渡った。
見知らぬ男はエレスを呼び続けたが,エレスは答えなかった。
エレスを目覚めさせることが出来る器ではなかったからだ。
応答のないグランウェポンを見て、男は詐欺にあったと思い、激怒してエレスをゴミ捨て場に押し込んだ。
[また捨てられて焼却場に行ってしまうと、エレスは永遠にご主人様を捜すことができないの……]
涙に濡れたハリネズミを見ながら、キュイが静かに聞いた。
「グランウェポンも燃えてるの?」
[燃やさないで! ]
「キュイ……そんなこと言わないで。このグランウェポン、エレスって言ったよね? エレスを誰かが盗んだんじゃないか。本来なら聖木にいなければならないのに」
「セイボクって何? 噴水台から階段で上がるとある、大きな木のこと?」
「そうだよ。イブ様が管理している木だよ」
グランウェポンは、ラグナデアの聖木から入手できた。
聖木には、管理するイブ様がいて、イブは十一歳のラスと同年代の幼い少女に見えるが、カルリッツが
言うには、ラグナデアで一番年上の人だと言った。
知識の道に住むおじいさんよりずっと年上だと。
イブ様は、グランウェポンを望む人の魂を鑑定し、その魂と相性の良いグランウェポンを繋いでくれると言った。
もちろん、グランウェポンを扱うことができる者に限った話だ。
イブ様は、自分がグランウェポンを与えているのではないと言った。
自分はただ、聖木と女神の祝福を受ける彼らを繋ぐだけだと。
それでも、聖木の周りにはグランウェポンを手に入れたい人たちと、騎士になりたがる人たちで賑やかだ。
遠くから見える木の青葉を見ながらラスも考える。
いつかオレもあそこでグランウェポンをもらうんだ! 木の近くに座って本を読んでいたイブは、いつもラスを温かく迎えてくれた。
「イブ様! オレはどんなグランウェポンに出会うことになるでしょうか?」
ラスが目を輝かせながら尋ねると、イブは銀色の瞳を優しく細め、話してくれた。
「ラスの魂には、強い炎が宿っているわ」
しばらくラスが思い出に包まれた間、キュイの声が突然割り込んできた。
「でもキュイが手に入れたんだよ! 臭いゴミ捨て場を探しながら拾ったのに! 悪いのは盗んだ泥棒で、キュイはマジメにキラキラを掘り出しただけだよ! 警備兵は泥棒を捕まえなくちゃいけないのに、善良なキュイがキラキラを奪われる理由はない!」
キュイは労働の代価を提唱し、ラスは頭を抱えた。
ここ数日、キュイと一緒に過ごしながら感じたのは、キュイの頑固さは凄まじく、自分はそのようなキュイの頑固さを曲げることができないということだった。
だからといって、キュイがグランウェポンを売ってしまうのをじっと見ていることはできない。
グランウェポンは王国で管理し、厳格に扱うと聞いた。
キュイがグランウェポンを売っているのを見つけたら、牢屋に入れられてしまうかもしれない!
ラスは心配そうに言った。
「キュイ、コインは大丈夫かもしれないけど、グランウェポンは危険だよ! 前にもグランウェポンの盗賊団を王国軍が全員牢屋に入れたって……」
「バレなければいい! キュイはバレない自信ある!」
「キュイ、犯罪者になっちゃいけないよ!」
「ラスは何もわかってない! それなら、ラスはキュイが犯罪者だったら黙っているつもりなの!? 友達やめちゃうよね!?」
「いや、キュイはオレの友達だよ! だから、犯罪者になることを黙って見ているわけにはいかない!」
二人の子供はしばらくをいがみ合い、そのような子供たちの攻防を不安な目つきで見ていたグランウェポンが、再び割り込んできた。
[エレスを売らないで! 代わりに、エレスがあなた、キュイに力を貸すよ]
エレスはキュイをまっすぐ見つめていた。キュイは戸惑い気味に聞き返した。
「キュイに力を貸してくれるって?」
[うん。契約したらエレスの力を キュイが使えるよ! エレスは売れるより、こうした方がいいと思うよ]
「キュイはお金の方がいいんだけど……」
悩むキュイは、ラスを眺めた。
ラスも悩んでいた。
キュイがエレスと契約すれば、グランウェポンはキュイのものになり、主人がいるグランウェポンは聖木に戻らなくても大丈夫だ。
契約ができるのなら、他の人には渡らない。
「ラス、キュイがこれと契約したら、不満はないんだよね?」
[これじゃなくてエレス! ]
「キュイが主人になれば大丈夫なような気もするけど……」
自信がなさそうにラスが答えると、キュイが大きくうなずいた。
「それでは仕方がない。よし、キュイと契約しよう。エレス!」
キュイの言葉に、エレスがグランウェポンの上で飛び跳ねながら体を整える。
そして、小さな手でグランウェポンの真ん中にある黄色い宝石を指した。
[じゃあ、ここに手を当てて。エレスと契約が進むよ]
キュイはグランウェポンがよく見えるように向かい合って、右手を差し出した。
「こう?」
その瞬間、巨大な光が溢れ出た。
エレスのグランソウルが出た時のように、眩しい光と共に燃え上がる炎がエレスとキュイを包んだ。
グランウェポンから出たのだろうか? 熱い熱気が感じられるのも束の間、光も火炎も全て収まると、そこにはさっきと別段変わらないキュイと、グランウェポンの上におとなしく座っているエレスが見えた。
キュイは当惑して両目を瞬かせ、ハリネズミは体を丸く巻いて再び伸ばし、ラスはキュイの状態を観察した。
「終わった? キュイ、どう? 変わったところはない?」
「何か温かい気が身体の中に流れ込んだ感じなんだけど、今はいつもと同じだよ」
戸惑っているキュイを見て、エレスは鼻の甲の上の丸い眼鏡を直して、「エヘン」という声を出した。
[今からキュイはエレスの契約者よ! 望むなら力を使ってみてもいいよ。キュイは魔法を使えるよね? エレスが補助できるよ]
「キュイ、魔法が使えるの!?」
初耳の知らせにラスがびっくりすると、キュイは淡々と肯定した。
「キュイは天才だから」
いつものキュイなら自信満々に言うところだが、なんだか妙に落ち着いている。
考え込んでグランウェポンをじっと見ていたキュイは、やがてうなずいた。
「すぐに試してみるのもいいけど、ここでは魔法を使わないよ。ここは家がたくさん集まっているし」
ラスは本当に驚いた。
トラブルメーカーのキュイの口からこんな模範的な言葉が出るなんて? グランウェポン契約をすれば、グランソウルの知能まで合わさるのだろうか!?
「エレスは明日試してみよう。今日はビナが早く帰ってくるって言ってた」
ビナはキュイの保護者だ。
頭には頭巾をかぶって大きなイヤリングをした彼女は、ラスがキュイを家に連れて行った日に、キュイと仲良くするようにと、ラスの頭を撫でてくれた。
キュイの言葉が撤回される前に、ラスはすぐにうなずいた。
「じゃ、今日は早く家に帰ろう」
そう言って,ラスはエレスを見た。
エレスはグランウェポンに戻らず、グランウェポンの石の上で四本足を長く伸ばして伸びをしていた。
ラスは騎士団の人々と親しく過ごしたおかげで、グランウェポンの姿はたくさん見たが、グランウェポンと召喚者が直接契約する姿を見るのは、初めてだった。
いつかはラスにもグランウェポンと契約する瞬間が訪れるのだろうか? 赤い炎が二人を包み込む、眠っていた英雄の魂とラスの魂が繋がり、目を覚ます。
そんな瞬間が。
ラスは心臓がドキドキするのを感じながら,慎重にエレスに声をかけた。
「あの、エレス。オレはラスっていうんだ。一つ聞いてもいいかな?」
[え、エレスに何を聞きたいんだい!? ]
ラスと目が合うと、びっくりしたエレスがグランウェポンから滑り落ち、慌てて上がってきて答えた。
ラスは真剣に尋ねた。
「エレスは契約する人をどうやって選ぶの?」
[契約する人のこと? まず、エレスと相性が良くなきゃいけないよ。そしてエレスを起こせるような声でなければ! キュイは火の子で、エレスを起こせる声だったよ]
エレスはそう言って眼鏡を弄った。
どうやらラスとは、目もまともに合わせられないようだった。
「エレスは声でわかるんだね! それじゃあ、オレはどんな魂なのかもわかるの?」
[ラスは火の子ではあるんだけど……]
ハリネズミの黒い目が、ラスを見てぎょっとしては身を丸めた。
丸い玉になったエレスが叫んだ。
[ラ、ラスと話すのが怖いよ! エレスは一度休むよ! ]
そうに叫んだエレスは、ハリネズミの姿から赤い煙のようなものに変わり、あっという間にグランウェポンの中に入った。
エレスの突然の退場に戸惑うラスが、キュイに言った。
「あの、キュイ……オレって、怖い……?」
「いや! ラスのボーっとした顔のどこが怖いの?」
キュイの容赦ない返事が、今だけは慰めになった。
***
グランウェポンを見つけたが、その過程は険しかった二人の子供は、路地を出るやいなや、鼻を摘まむ周囲の人々の姿を見て、自分たちの姿に気づいた。
家に帰ると、ラスはいつにも増して強く石鹸をこすってゴシゴシと洗い、騎士団勤務を終えて帰ってきたカルリッツは、珍しく話しをする前に洗ったのかと褒めてくれた。
今夜の夕食はソーセージと玉ねぎの炒め物だった。
冒険とは言い難い冒険で空腹だったラスは、嬉しそうに口へご飯を押し込み、あっという間に茶碗の半分を空にして、カルリッツに今日あった話を切り出した。
「グランウェポンと契約したって? これは本当に驚いた。そのキュイって子は、まだ幼いと言ってなかったか?」
「うん。オレより一つ年下だよ。十歳だよ」
「ふむ、十歳で契約か……並々ならぬ才能を持っているようだな。キュイはラグナデアに来たばかりじゃないか? 流れ者の商談と一緒に来たと言ったようだが」
「ビナおばさんと一緒に来たよ。いつラグナデアを離れるか分からないって。今回はちょっと長くいるとは言ってたけど」
「そうか……キュイもラスのように、一緒に騎士を目指してくれたらよいのだが」
カルリッツの言葉にラスが目を丸くしてカリッツを眺めた。
「カルリッツ、オレは騎士になれるのかな……?」
「もちろんだとも、ラス。まさか騎士になるという夢が変わったのか?」
ラスはカルリッツの優しい問いかけに、スプーンを咥えながらブツブツと言った。
「……でも、オレと契約しようとするグランウェポンがなかったらどうしよう?」
「心配するな、ラス。騎士にとって重要なのは、グランウェポンより自分の鍛錬だ。続けて身体と精神を鍛え続ければ、それに合うグランウェポンと自然に出会うことになるだろう。それこそ騎士になれる近道だ。ラス、お前は立派な騎士になるだろう。この近衛隊長のカルリッツ・ノエルが保障する」
ラスはカルリッツの言葉に、ご飯を口に含みながら満面の笑みを浮かべた。
「そうだ、オレはカルリッツのようにグランナイツになるんだ!」
元気が出たラスは、口の中のご飯を力強く噛みしめた。
カルリッツも笑いながら、ラスのご飯の上にふっくらとしたソーセージをのせてくれた。
楽しい夕食とともに、ラグナデアの夜は静かに深まった。
翌日に起こる混乱を、誰も知らずに。