[ラス/キュイ] 幼なじみ:6話

 キュイが倒れる姿が、ピンク色のツインテールの髪の毛が揺れて、力なく落ちていくのがとても遅く見えた。
 ラスはキュイの名前を叫びながら駆け寄ったが、距離が離れていたため、キュイの身体はそのまま地面に倒れた。

 倒れちゃったよ! と起き上がるかと思ったが、小さな身体はがれきと一緒に転がり、起き上がらなかった。

「キュイ!!」

 ラスは急いで倒れたキュイをつかんだ。
 手に触れる身体が驚くほど冷たかった。
 小さな身体に満ちていた体温が、あっという間に消えてしまった感じだった。

 [キュイがマナを使い果たした! ]

 転がったオーブからエレスが飛び出してきて、落ち着きなく叫んだ。

「エレス! キュイは大丈夫?」

 [このまま休めば魔力は回復するから大丈夫だよ……でも、こんなところにいるより暖かいところへ行かないと。ここはあまりにも危険すぎるよ……]

 ハリネズミは怖がって視線をそらした。

 両目にやけどをしたジャイアントが、激怒しならが大きく足を踏み鳴らしている。
 こん棒で周りを無造作に叩きながら大きな叫び声を張り上げる。

 [ラス、キュイを守って。お願い……! ]
「……わかった」

 エレスにうなずき、ラスはオーブをキュイの胸に抱かせた。
 目が見えない相手からのこん棒が当たらないように、できるだけ奥にキュイを移したラスが、他の子供を眺めた。

 足に怪我をした子供はブルブルと震えながら動けずにいた。
 声を出してみたが、ジャイアントの叫び声に埋もれて、まともに聞こえないようだった。

 ラスは再び小さな石を投げ、足元に跳ね返る石を見て、男の子がラスを見た。
 顔が涙、鼻水で覆われた男の子が、震える足でのそのそと這ってきて、ラスも急いでその子に近づいた。

「あの、大丈夫? 怪我はひどくない?」
「足首がズキズキする……」

 男の子は鼻をすすりながら答え、ラスと横になっているキュイを交互に見ながら聞いた。

「君たちも捕まってきたの……?」
「うん。キミも? 他の人はいないの?」
「もう一人いたけど……あの子とは分かれ道で別れた。こっちが出口だって叫んだのに、返事がなくて、そのまま一人でここに……」

 そう言う男の子の唇は真っ白に青ざめていた。
 ラスはおびえた様子を見て、こぶしを固く握り締めた。

「オレは、ラス。 キミの名前は何ていうの?」
「……ダンだよ」
「ダンって言うんだ。ダンはグランウェポンを使えるの?」
「うん。ここに捕まってから使えるようになった。箱から拾ったら、急に声が聞こえてきて、セリッチが出てきたんだ……」

 ダンは腕から小さな銃を取り出した。
 茶色の銃身の上に、エメラルド色の丸い宝石がはめ込まれている。
 銃身に青みがかった気がすると思ったら、しっぽの長い水色の鳥が飛び出した。

 黄色いくちばしをぶつけて「チュン」と鳴いたグランソウルが、ジャイアントを見つめながら翼をしきりにバタバタと動かした。
 ダンと同じくらい怖がっているようだった。

「あ、あれはもともと縛られていたんだ」

 ダンは、ジャイアントを指差して言った。

「足に、足枷が見えるでしょ? 元々は杭が打ち込まれた鎖と繋がっていたんだ。それで、あの後ろに出口があるんだ」

 ダンの指が、今度はジャイアントの後ろを指す。
 洞窟の薄暗い火とは違って、はっきりと光が漏れるところが見えた。

「僕が来た時、寝ていたんだ。出口を完全に塞いでいるわけじゃなかったから、静かに後ろへ戻ればいいと思ったんだ……でも、もうすぐ到着するところで目が覚めたんだ。僕を見て追いかけてきたから、驚いて逃げたんだけど、その時は鎖に縛られていて、僕がいるところまでは来られなかった。でも、火のようなものが飛んできて、杭を吹き飛ばしたんだ……」

 その火はおそらくキュイの蝶だろう。
 ジャイアントの足には、今も地面でカランと音を立てる鎖がぶら下がっていた。

「……ごめんね」
「なんで謝るの? それより、目が見えないうちに、早く出口に行かなきゃ!」

 前が見えないジャイアントは、無差別にこん棒を振り下ろしている。
 スペースは広い方で、端に沿って行けば、運が良ければそのまま出口に逃げ出せることもできそうだった。

 ラスは出口を見ている間に、固い声で言った。

「オレはだめだ」
「なんで!? このままだと目も見えるようになるよ。魔物は回復が早いって言ってたよ」
「あそこにキュイがいる。一人で置いていくわけにはいかない」

 ラスはキュイは横たわったままになっている方を見た。
 ラスがキュイを背負って行くとしても、無事に通り過ぎることができるかどうか分からなかった。

 ジャイアントが振り回すこん棒は脅威的で、範囲も広かった。
 キュイを背負っていて運が悪ければ、二人とも当たるかもしれない。

「ぼ、僕は行くよ! 家でお母さんが待っているんだ!」

 ダンの泣き言に、ラスはカルリッツのことを思い出した。
 今頃、カルリッツもラスが消えたことを知っているだろう。

 しかし、このようなどこかもわからない洞窟に来ているとは、思ってもいないだろう。
 カルリッツはラスが無事であることを願うだろうし、それはキュイの場合も同じだろう。
 キュイが帰ってこないのを見て、ビナも心配しているはずだ。

 キュイと無事にここを出る! 絶対にこれだけは守らなければならなかった。

「うん。あのジャイアントは、オレが何とかしてみるから。ダンは先に行って」
「ぼ、僕一人で行ってもいいの?」
「お母さんが待ってると言ったじゃないか。無事に帰らなきゃ」

 ラスは剣を握って立ち上がった。
 剣でジャイアントをどうやって倒す? 思いっきり突けばあの灰色の肌を突き破ることができるだろうか? ラスは魔物を一匹も斬ったことがない。

 彼が剣を振り回して相手にした最も硬いのは、庭にカルリッツが立ててくれた藁で包んだ木の人形だけだった。
 カルリッツは、姿勢はいいと言っていた。
 それで大丈夫なのだろうか? 

 しかし、このままいることはできなかった。
 キュイが作ってくれた隙を、逃すことはできない。
 ラスはジャイアントを眺めた。
 どこがあの巨体の弱点だろうか。

 腰には、皮で作ったような厚い革ベルトが巻かれている。
 腕にもそれと似た素材の防具が肘まで巻かれており、こん棒を持った左手には、手首だけサポーターを巻いていた。

 狙えるところは……。
 ラスの視線は、地面にきしむ鎖に向いた。
 あの魔物は、どれくらい縛られていたのだろうか? 目を怪我したとしても、ジャイアントはその場でほとんど動かなかった。

 やけどをする前もそうだった。
 もともと動きが鈍かったとしても、とりわけ遅かった。
 まるで動くのがぎこちないような……。

「足を狙ってみようか?」

 剣を持った手に力が入った。
 ジャイアントは左手にこん棒を持っていて、右足には足枷がかかっていた。
 杭は飛んだが、太い鎖はまだぶら下がっていて、歩くたびに耳障りな音を立てていた。

 ラスはジャイアントの左側に走った。

「どこを振り回しているんだ! ここだよ!!」

 そう叫んで顔に向かって力いっぱい石を投げた。
 片手で目を覆っていたため目に届かなかったが、乱暴になったジャイアントは、音が聞こえた方にいきなりこん棒を叩きつけた。
 ラスはかろうじて体を投げ出して避け、再び石を投げ返した。

「そう、ここだって!!」

 再び顔をかすめる石に、ジャイアントは大声を上げながら何度もこん棒を振り回した。
 右に振り続けたおかげで、右側が空いた。
 ラスは剣を握り、足枷の真上に見える足首のかかとに向かって、力いっぱい剣を突き刺した。

 他の場所より白くなっているそこは、ラスの予想通りに刃が刺さった。
 固い肉を貫くような不思議な感覚に、一瞬ビクビクとしたが、それと同時にジャイアントの恐ろしい悲鳴が沸き起こった。

「グウアアアッ!!」

 ラスはすぐに飛んできたこん棒に、急いで身を引いた。
 ジャイアントの憤慨したこん棒が何も当たらず、地面だけを叩いた。

「一回で切れなかった」

 もう一回、もう一回同じようにやれば。 左側を誘導して、右足の隙間を作れば! 

「セリッチ、ウィンドショット!!」

 突然、少年の声が聞こえると思うと、鮮やかな緑色の鳥が銃弾のように飛んできて、ジャイアントの頭を強打した。
 ラスが顔を向けると、ダンが震える手で茶色の銃を握っていた。

「おい、ここで視線を引けばいいんだろ?!」

 ジャイアントの左側に立ち、ダンは叫んだ。

「ダン、ありがとう!」

「これくらいはできるよ……! セリッチ、もう一度!!」

 手に握られた銃から緑色の気配が集まり、再び鳥が飛んできて風の弾丸がジャイアントの頭を振る。
 小さな石ころとは比べ物にならない威力だった。

「グアアアアア!!」

 ジャイアントの怒声とともにこん棒が左側に飛んでくるのを見て、ラスも動いた。
 かかとを強く切る感じで突き刺すと、ジャイアントの身体が大きく傾いた。

 足を動かそうとしたようだが、まだかかっている足枷と鎖にうまくいかず、結局右足が崩れた。
 ドーンという音とともに、ジャイアントが右膝をつく格好になった。

「やった……!!」

 ダンの歓声もつかの間、ジャイアントが巨大なこん棒をダンに振り回した。
 わずかの差でこん棒は届かなかったが、地面を大きく叩いた振動で身体が浮き上がったダンが、地面を転がった。

「ダン!!」

 ダンの手にあった銃が滑って遠くに投げ出された。
 残念なことにその銃はひざまずいたジャイアントに向かって転がってしまった。
 銃の上に巨大な影が降りかかる。

「だめ、セリッ……!」

 頭を上げた少年が、悲鳴を上げて手を伸ばしたが、その言葉は続かなかった。
 小さな銃の上にジャイアントのこん棒が恐ろしい力で降りてきて、木片のようなものが潰れる音が聞こえた。

 [チュン! チュン!! ]

 ダンの近くをうろついていた青い鳥が、悲鳴を長く上げてそのまま空気中に溶けるように消えてしまった。
 同時にダンは、突然糸が切れた人形のように頭を地面に突っ込んだ。

「ダン!? どうしたの!?」

 倒れたダンと消えてしまった青い鳥。
 少年に向かって叫ぼうとしたラスは、突然不穏な気配を感じた。

 少年から目をそらして頭を上げると、ジャイアントと目が合う。
 火の蝶が飛び込んだ瞳の一つが、ラスをまっすぐに見つめていた。