オクトエキスパンションを語りたい
スプラトゥーン3のDLC「サイド・オーダー」がリリース目前でわくわくのスプラオタク大学生です🦑(この記事を書き上げる前にリリースされてしまいました)
今回はオクトの物語や世界観、ゲームのデザインが現実世界の文化や作品をイカに参照して、この作品とそれらとの繋がりがどんな魅力を放っているのかを語ろうと思います。
オクトってなんぞ
オクトエキスパンションはスプラトゥーン2の有料追加コンテンツ。
イカが主人公の本編とは違い、タコが主人公の外伝的な作品だ。
ゲームがいい!
スプラトゥーンはインターネットを通した対人戦が一番のメインコンテンツで、オクトより前の一人で挑むストーリーモードはゲームの操作性に慣れるチュートリアル的な役割が強く、どのステージも苦労なくクリアできるような難易度設定がほとんどだった。ゲーム性も、ストーリーモードは「スプラトゥーン固有のアクションに慣れて、ゴール地点を目指す」がゲームプレイの目的。マリオみたいな感じですね。
一方でオクト・エキスパンションはステージの難易度はどれも高めで、中には心が折れそうになるほど難しいステージも用意されていた。いわゆる死にゲーだ。ただ、そういう時にこそ燃え上がるのがゲーマーの性。何度もトライ&エラーを重ね、自分の戦略と戦術が少しづつ正解に近づいていくことを感じるあの感覚と、クリアにたどり着いた瞬間の快感は、ゲーマーの方なら皆分かっていただけるのではないだろうか。(筆者は死にゲーが結構好きです。最近はアーマードコアにハマってます)
ステージ構成も、1ステージが短く「ゴール到達」以外がクリア条件のステージもたくさん用意されていて飽きのこない構成になっていたところが魅力的だ。
・攻撃を丸腰で30秒間避け続ける
・強制スクロールの中で的を全部壊す
・装弾数一発でクリアする
・オブジェクトを防衛する
・ボールを運ぶ(←😡)
などがクリアの条件だったり、「ゴール到達」がクリア条件のステージでも
・一発も被弾しない
・発見されない
・ブロックを削る
など、開発陣のアイデアと遊び心(とドS精神)がふんだんに盛り込まれていて遊びごたえが凄まじい。ほんとに1800円で遊んでいいんですかこれ。
難易度を高く、1ステージの短くするダレないゲーム設計が遊びに中毒性と緊張感をもたらし、高い難度なのにとっつきやすいレベルデザインに仕上がっていたのが秀逸だった。
世界観がいい!
オクトエキスパンションの世界観はvaporwaveをモチーフに「古臭く、嘘っぽく、異世界にトリップしているような感じ」で作られている。
この項目ではvaporwaveとのつながりが醸す魅力について語ろうと思う。
(そもそもアングラなインターネットでひっそりと広がっていたジャンルを公式の任天堂が逆輸入したという時点で凄い)
時間の流れ
スプラトゥーン2で描かれているテーマの一つに「流行の変遷」がある。本編で描かれるハイカラスクエアはまさしく最新の街。初代スプラの世界から時間が進み、カウンターカルチャーの台頭によって流行が移っていく様子が描かれていた。
一方でオクトで描かれる舞台、深海メトロは「かつては最新だったが、その当時のまま時間が進まず今はもう古臭くなった場所」で、地上の最新の街との対比が魅力的だ。
vaporwaveの「過去に大量生産されて今はもう忘れられたものへの郷愁」という世界観は、「生きた化石」と呼ばれる生物が多く残っていて、時間が止まっているかのような雰囲気を持つ深海に非常にマッチしている。
地下鉄という舞台設定もvaporwaveのアンダーグラウンドな属性とよく似合っていて、”海の底を走る地下鉄”にvaporwaveを重ねた開発者のセンスを絶賛したい。
ぐちゃぐちゃミンチのネリモノ
オクトの舞台で扱われている重要物質に「ネリモノ」と呼ばれるものがあった。
洗脳したタコをミキサーでぐちゃぐちゃにして培養液と混ぜて再構築したもの、というグロすぎる設定だが、ミキサーが動くときは刃が回転して材料を刻み、混ぜるだろう。
vaporwaveの音楽はサンプリングした音源をツギハギにしてピッチダウンさせて作り、これは「チョップ・アンド・スクリュー」と呼ばれる技法らしい。チョップしてスクリューするとはまさしくミキサーだ。こんなつながりがあったとは。
このミキサーによって生み出されるvaporwaveの作品をスプラトゥーン的に解釈した結果、海産物を刻んでかき混ぜて作るインクのネリモノに着地したのだと思う。
作中では「なぜ重要物質がネリモノなのか」が一切明かされなかったが、こういう元ネタがあるようだ。あのインクはvaporwaveの音楽そのもの。そういう捉え方も出来るのかもしれない。
ちなみに、実験場を運営しているのは「ネル社」という名前の企業で、海産物をぐちゃぐちゃミンチにしている所業は最後を見るまで気づきにくいが、英語版だとこの組織名は「Kamabo.corporation」らしい。そのまんまだ。
地下の実験場
当初からさんざん言われてきた事だが「地下に作られた巨大施設で一発逆転の報酬をエサに、訳のわからない実験をたくさんさせられる」というのは凄く「Portal」っぽい。最初に宣言された報酬が結局嘘だったところも含めて。The cake is a lie.
地下施設は実験場直結の駅とそれらをつなぐ地下鉄だけの世界で、会社と通勤電車の中だけが生きる場所だった90年代のブラック企業勤めのサラリーマンを彷彿とさせる。
地下の世界には昼夜のサイクルが無く、ずっと蛍光灯の光が点いていたのも相まってまさに「24時間タタカエマスカ?」のブラックな世界だ。
物語がいい!
思うに、この作品でメインで描かれている物語は主に2つの軸があり、一つは「多様性と文明の主張」もう一つは「生まれること」だ。
前者は俯瞰の視点、後者は8号個人に焦点を当てた視点だ。
多様性と文明の主張
スプラトゥーンの世界観は個性を非常に大事にしている。服装は現実世界の様々なファッションをモチーフにし、音楽もパンクロックやEDM、民族音楽など幅広いジャンルからモデルが選ばれていて、ブランドもバンドもどれもが個性的だ。(音楽やファッションに詳しいイカタコなら何のブランドや音楽ジャンルがモチーフになっているか分かるのだろう)
ハイカラスクエアを探索するとそれらファッションや音楽だけでなく、グラフィティやポスターなどもスプラトゥーン世界の住人たちの個性を演出していることが分かる。
特に象徴的なのがテンタクルズだ。イカとタコが互いの個性と平等を認め、活かしあって一つの文化を作っているスプラ2の世界像を端的に表現している。
一方でネル社が理想に掲げる世界像は「誰もが同じパーツで同じ幸せを享受する世界」、それが万人を平等に取り込むネリモノという形で具現化されている。終盤で8号とアタリメ司令がミキサーにかけられそうになるが、あれはまさしく「イカとタコを区別せず、平等に新世界の一部として受け入れる」というネル社の理念が詰まったシーンだと捉えられる。
イカとタコを平等に扱う一点では、テンタクルズとネル社はよく似ているが、実際その中身は真逆だ。ネル社の理念には「個性」が前提に無く、皆同じパーツで争いの起きない世界を理想としている。個性はその個体だけが持つ意識とも言いかえることができ、オクトの敵モブとして出てくるタコたちが意識のないゾンビとして描かれているのはこういう理由からだとも考えられる。
イカ文明が個性を大切にしていることは、イカした奴がカッコいいという価値観に強く表れている。ラスボス戦でタルタル総帥がイカたちに対して「貴様らはムダなナワバリ争いをするばかりではないか!」と語っていたが、イカたちにとってのナワバリバトルは自己表現の場であり、相手を知る場でもあるのだろう。そうして生まれた個性を大切にし賞賛する。だからその過程で繰り広げられるナワバリ争いも無駄ではない。そういった価値観がイカ文明には根付いているのだろう。
真逆の価値観を持つ両者が真っ向殴り合いをするラストバトルには「個性がぶつかり合うことを良しとする価値観と、その価値観を大切にしている文明を守る」という意味が込められているのだと思う。そしてここで8号が人類文明の遺物に対して代弁しているのは我々が地球文明の主役なんだという主張。だからこそこの戦いは遊びじゃない正真正銘の「ナワバリバトル」だ。ラストでナワバリバトルの演出が入るのはただのファンサービスではなく、物語的になくてはならない要素だったと捉えることができるのではないか。(そう考えた方がよりアツい)
生まれること
こちらは8号個人にフォーカスをあてた時の物語。
8号はイカの音楽(シオカラ節)に触れカルチャーショックを受け、その衝撃からイカの世界を目指して軍国主義のタコの国を脱走し、その途中で深海メトロに落下した際に記憶を失ったという経緯がある。
記憶も明確な自我も無い、しかしイカの世界に行きたいと”本能に刻まれた衝撃”が強く願うというキャラ付けは、自我が無くとも生まれるためにもがく胎児と似ていると解釈できるかもしれない。ラストで人間の体内を通って地上に上ってくるのもそういう暗喩なのかもしれない。
「イカの世界に生まれたい」そう本能が強く願う存在でなければ物語が成立しないし、そのためには生まれた時から享楽的な価値観の世界で育ったイカではだめで、規律と集団を重んじる価値観のタコ世界で育ったが、それを捨てて自由の世界を目指す意志の強いタコを主人公に据える必要があったのだと思う。
ここでの「意志の強さ」は初志貫徹の意味ではなく、本能に刷り込まれた衝撃に突き動かされる、という意味に近い。
その「本能に刷り込まれた衝撃」がシオカラ節なんだろう。
物語の終盤で、8号が地上に脱出する瞬間のムービーがまさしく「生まれる瞬間」を表現しているんじゃないかと思う。
初めて浴びる本物の日光、本物の潮風、憧れ続けたイカの世界。それらと8号が初めて同時に映されることで、8号がこの世界に受け入れられた事を表現しているのではないか。
ちょうど太陽が昇ってくる描写も、新しい日の誕生と8号がイカ世界に生まれたことを重ねているのかもしれない。
補足)これらは俯瞰的な物語として描かれている内容で、8号は「外に出たいな~」くらいの事しか考えていなかった。
音楽の力
メインストーリーではないものの、筆者が語りたいためここに書いておく。
オクトでのテンタクルズはいつもの衣装とは別の服を着ての登場だったが、ヒメとイイダそれぞれの服装は90年代アメリカで起きた東西ヒップホップ抗争の人物の服装がモチーフになっている。
2人は偉大なラッパーで友人であったが、抗争に巻き込まれて最終的に命を落としている。
その二人をモチーフに選んだのは、出自の違う二人の天才が音楽を軸に歩み寄る姿を描きたかったからではないだろうか。あるいは現実の二人にもこうあって欲しかった、というメッセージが込められているようにも感じる。
諸行無常
ゲームの一番最初に松尾芭蕉の俳句「蛸壺や はかなき夢を 夏の月」が出てくる。
順当に考えれば蛸壺の中のタコは8号の事で「深海メトロに迷い込んだ8号は、4つのアレを集めたらネリモノに加工されることも知らずに実験場で試練に挑んでいるのだろう」と読めるが、この句が詠まれたのは明石の地で、その背景には一ノ谷の戦いで敗北した平氏の出来事がある。
「かつて滅亡したものに感じた郷愁」を詠んだ句だと解釈するなら、蛸壺の中のタコはかつて滅んだ人類ではないだろうか。(ちなみに次回作では夢を実現しようとした人類が逆にその行いが元で滅んだ事が明かされる)
この句を始めに持ってくることで、過酷な道を歩むことになるタコの未来と、かつて滅んだ人類への郷愁を同時に表現している。すごすぎる。
ラスボス戦がいい!
オクトのラスボスは「ネルス像」こいつが世界を破壊しようとしているところをインクで塗り潰して阻止する、というのが作中で語られている話だが、物語として描いているのはその奥にある、前項でも書いた「文明の主張」だと思っている。
表層的には「主人公VSラスボス」だが描かれているのは「イカ文明VS人類文明」で、また「今VS過去」という対比にもなっている。
ネルス像のモチーフはいくつかあって
①ヘルメス像
②自由の女神
③巨神兵
④フローラルの専門店のジャケット画像
あたりだと思う。
ヘルメス像
美術室にあるアレ
右腕だけ挙げているところとか顔の角度とかが同じだ。
wikiによるとヘルメスはこんな神らしい。
「音楽の神」というのが注目ポイント。
最後の最後ではヒメのキャノンとネルス像のエネルギー砲をぶつけあう描写があるが、これが「”ヒメvsヘルメス”=”イカの音楽VS人類の音楽”」という構図になっているのがとても熱い。めっちゃくちゃアツイ。
音楽を軸に世界観を描くスプラトゥーンらしい粋な演出だ。
自由の女神
ご存じのこの像。
大都会の近くの海上という立地と、頭の冠のような構造物が自由の女神に似ている。
自由の女神をモチーフに選んだのは、人類の創造性や技術力の象徴としてではないかと考えている。
銅像そのものも「自由」という概念も人間が作り出したもので、自由の女神像は究極に”人工的”なものとしてその意匠を取り入れられている。
ラスボス戦は「イカvs人間」の構図なので物体性、精神性の両方を表現する器として自由の女神が選ばれたのではないだろうか🗽
また、人間以外の生物が未来の地球で文明を築いている表現として、自由の女神像が地球を暗示している「猿の惑星」をオマージュしているかもしれない。
巨神兵
言わずもがなという感じ。
破壊者としての見た目はこれがモデルで間違いなさそうだ。
フローラルの専門店
Macintosh Plusというアーティストが2011年にリリースしたvaporwaveアルバムのジャケット画像。
「海辺の大都会をバックに、朝日に照らされながらどデカい石膏像をピンクのインクで塗りつぶす」
多分開発陣が一番やりたかったのはこれじゃないだろうか。
このジャケット画像をここまで綺麗にゲームシステム・世界観・物語に融合させているのがあまりにも美しい。
オクトのモチーフにvaporwaveを選んだのも、このボス戦を作りたかったからなのではと思えるほどに完璧な仕上がりだ。
ラスボス戦はモチーフ元個々に焦点を当ててもそれぞれの意味が面白いが、全体を見ても「旧文明の遺物がムダと断定したナワバリバトルでそいつを倒す」というのが「オレらの文化をバカにすんじゃねぇ!!」と叫ぶようで熱いし、それはまさしく「世界を塗り替えなイカ?」で最高にクールだ。
小ネタがいい!
ネリメモリー
ゲーム内の収集アイテムだ。
ネリ消しのような見た目で、「主人公の記憶の断片を形にしたもの」という設定だが、なんと面白いことにそれぞれに一首ずつ短歌が添えられている。さすが京都の企業だ。
個人的に好きなものをいくつか紹介しようと思う。
アタリメ司令やヒメの事か。教育された価値観が経験でひっくり返っていくのが描かれていてとてもいい。
一方で、「イカは怖い生き物だ」と教えられてきたためネリメモリーのイカちゃんたちは目つきが悪め。あくまで8号の主観から生まれたものという感じが良い。
エモい。物語の初めに松尾芭蕉の「蛸壺や はかなき夢を 夏の月」という俳句が添えられているが、ネリメモリーの短歌も引用とまではいかないまでもオマージュ的な作り方をされていると思う。
開発陣の一人が種田山頭火を好きなようだ。
全体の感想
オクトにネリ込まれていた要素
・vaporwave
・Portal
・東西ヒップホップ抗争
・平家物語
・ヘルメス
・猿の惑星
・巨神兵
これら要素をひっくるめて人類滅亡後を描いたSF作品だった。
そして任天堂の凄いところは、こういった考察をしなくても物語が成立していて楽しめるゲームを作ってしまえる所だろう。
8号は外に出たかっただけで、タルタル総帥は世界を壊したかっただけ。両者が戦って8号が勝ってハッピーエンド。と捉えてもいいわけだ。
8号の描き方も、元々バックボーンがあるキャラクターを主人公にするときに、記憶を失った状態から物語を始めることでプレイヤーとスタートラインが同じになり没入感が高くなる仕掛けがとても効果的だった。(ブレスオブザワイルドでも同じ手法が取られている)
こういう仕掛けはゲームでしか為しえないし、最後のナワバリバトルの「見慣れた画面が特別な意味を持つ演出」もゲームでしか実現できないだろう。
オクトエキスパンションには、スプラトゥーンの良さもたくさん詰まっていたがゲームというメディアの良さもそれ以上に詰まっていた。
エンディングを見た後、「スプラトゥーンをやっていてよかった」と感じたが、こうしてオクトの魅力を文章に起こしてみると「ゲームをやっていてよかった」という気持ちになる。
ゲームでしか描けない物語、ゲームでしか味わえない感動、ゲームにしか表現できない魅力にあふれた作品だったと思う。
オクトエキスパンションの開発に携わった方々、凄い作品を世に送り出してくれて本当にありがとうございました。
サイドオーダーでも8号を可愛がろうと思います。
それでは🐙