錆びた包丁
この辺の人達は何かしらの農業をしてはいる。だが、陽当たりも悪く、売れる作物など作れない場所だった。
ばあちゃんは、そんな貧弱な土地に畑を作り色んな野菜を植えていた。
夏野菜は子供でも簡単にもぎ取れる。
だが、キャベツやかぼちゃを収穫する時は、自宅で使わなくなった錆び付きやすい出刃包丁を使っていた。
かぼちゃは硬くてなかなかもぎ取れない。ばあちゃんは、半分怒っているような真剣な顔をして、かぼちゃのヘタに出刃包丁を振り下ろす。
ゴロンと人の頭位の大きさのかぼちゃがツルから離れた。
自家製の野菜はほとんど無農薬だ。だから、かぼちゃは虫が付きやすい。外から見て分かるような虫食いなら良いのだが、かぼちゃに着く虫は、結実直前の雌しべの奥に卵を産み付ける。
雌しべに産み付けられた卵は完全に孵化する。そのままかぼちゃに守られて蛆になる。
だから、ばあちゃんはかぼちゃを家の中で割らない。庭の小さな水路で割ってワタごと洗ってしまうのだった。
この時何度も出刃包丁を振り下ろしていたのでは、自分が蛆まみれになってしまう。甘い暗闇しか知らない蛆虫共は、突然の光に驚いてものすごい勢いで跳ね飛ぶから。
ばあちゃんは、一回でかち割る様に出刃包丁を振り下ろす。そしてかぼちゃをそのままざぶんと水の中のザルに漬け込み、種とワタを外してから家に持ち帰る。
ソレでもばあちゃんのほっぺたや前掛けのポケットにはつぶつぶと蛆が着いていることもあった。
ばあちゃんの手には傷跡が幾つかあった。酷いものは火傷の痕で左指が数本くっ付いていた。それから鶏を締める時に謝って自分の腕を斬った事もあったそうだ。
畑の隅の草だらけの場所には蛇がよく出る。ばあちゃんは蛇が大嫌いだ。蛇を見つける度に金切り声をあげ、出刃包丁を蛇に振り下ろす。錆びた包丁がゴリゴリと蛇の骨を砕く音がした。斬られた蛇はしばらくウネウネと蠢いていた。そして、「蛇は祟るから」と空き缶に詰められて焚き火に放り込まれた。
そんな事を綴っていたら、やたらと首の付け根が苦しい。
30年も前に鬼籍に入ったばあちゃんが、恨み言を言っているのかもしれない。
「 どぉせ おらァ 馬鹿だがら」
ばあちゃんの口癖だった。恨めしそうな目付きをしていた。右手に持った出刃包丁、左手は火傷で手が開かない。
自然の理の中で暮らすばあちゃんは逞しい人だったと思う。だが、私には何処か異質で時々ばあちゃんのやる事を怖く思った。