ペンギンに物理を教えてもらう
最近読んで面白かった本です。
『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』
渡辺佑基 河出書房新社 2020年(2014年に出版されたものを加筆・修正、文庫化)
物理。
一応私は理系だが、物理にはものすごく苦手意識があった。
「物の道理」というくらいだから、私たちが生きているこの世界の根本にあるとても重要な学問なんだと思うけれど。。。
そんな私でもこの本を読もうという気になったのは、表紙いっぱいに描かれたペンギンの絵に心惹かれたからだ。
意表を突かれる大きさのユーモラスなペンギンさん。
苦手な物理でもペンギンさんが教えてくれるなら、ということで買ってみた。
著者の渡辺さんは、現在は総合研究大学院大学の統合進化科学研究センターの教授で、以前は国立極地研究所に所属していた。
国立極地研究所はその名の通り、北極と南極の両極地について研究を行っていて、南極の昭和基地も観測基地の一つだ。
東京都立川市にあり、付属施設として南極・北極科学館があるそう。今度行ってみようと思う。
この本のキーワードは「バイオロギング」だ。
バイオロギング(Bio-logging)とは、Bio(生物の)とLog(記録する)を組み合わせた造語で、動物に小型の記録計を装着し、動物の行動や周りの環境を記録する研究手法のことをいう。
吸盤などで動物に装着し、一定の時間が経過すると自動的に外れて回収できるようになっている装置や、特殊なテープで鳥に装着し、再捕獲して回収する装置など、それぞれの動物の行動パターンに合わせた装置を選択する。
南極のウェッデルアザラシやアデリーペンギンは人間に対する警戒心が弱いそうで、難なく近づいて装置を装着し、再度捕まえて回収しやすいそう。
著者の渡辺さんはバイオロギングを極めてきた研究者だ。
東大の学生だった頃からバイオロギングで動物の生態を研究してきた。
国立極地研究所に就職してからも、南極やその周辺の生き物たちの生態をバイオロギングによって明らかにしてきた。
マグロはどのくらいのスピードで泳ぐ?
(一説には、マグロは時速80kmくらいでびゅんびゅん泳ぐと言われてきたが、実は違うそうだ)
水鳥やペンギン、アザラシ、クジラなど、潜水する動物はどれくらいの深さまで潜って、何をしている?
(マッコウクジラはものすごい深さまで潜れるが、その仕組みについて今まで言われてきた脳油仮説はどうやら違うらしい)
バイカル湖に棲息するバイカルアザラシのあんなにもまるまるとしている理由。
(個体によっては体長よりも胴回りの方が長いらしい(笑)。ちなみにバイカルアザラシは南極のウェッデルアザラシとは対照的に警戒心がすごく強く、一度捕まえられた個体は二度と捕まえられないそうだ)
国立極地研究所のホームページより。
上半身だけでも見るからにまるまるとしたバイカルアザラシ。
バイオロギングによって、それらの動物たちの生態が明らかになっていく。
びっくりしたのが南極観測隊が乗る観測船「しらせ」がどうやって南極の分厚い氷の中を昭和基地まで進むか、という話だった。この本の中では数行で書かれていたが、ちょっと調べてみた。
「ラミング航行」という航行法だそうで、200〜300メートル後退した後、全速で前進し、1.5mもの厚さの氷の上に乗り上げ、船の重さで氷を砕いて進んでいく。といっても進めるのは20メートルほど。それを何度も何度も繰り返す。氷の厚さや状況によっては1500回以上も繰り返すそうだ。
氷が分厚すぎて砕けず、昭和基地まで辿り着けなかったこともあったそうで、その時は雪上車で物資を輸送したそうだ。
私はてっきり、船の先端に氷をガリガリ砕く強靭な回転刃のようなものがついていて、それで氷を砕きながら進んでいるのかと思っていた。
南極の氷はそんな生易しいものではなく、巨大な船ごと乗り上げないと砕けないのだ。
「物理のはなし」というだけあって計算式の出てくる物理的な内容もあったが、小難しい話ではなく、あくまでも分かりやすく、読者がイメージしやすいように書かれている。
著者の渡辺さんの人柄があらわれているのだろう。
全体を通して、ユーモアと親しみやすさにあふれていて、すごく読みやすかった。各章にはまとめがあり、その章の内容を復習できるのも良かった。
専門的な印象を与えるような表やグラフは一つも登場せず、渡辺さんの文章の力でグイグイ引き込まれていく。
表紙のペンギンはまさにこの本の雰囲気そのものという感じだ。
ところで渡辺さんがなぜ、ずば抜けた潜水能力を持つアザラシや鯨、ダイナミックな渡りをする鳥たちなど、同じ鯨や鳥でも驚異的な能力を持つ動物たちに焦点を当てて研究しているか?
例えば、人間にとって睡眠とは何か?を解明しようと思った場合。
まずは何日も徹夜をして寝ないでいたら人間はどうなるか?という極端な実験をする。そこから睡眠の本質に迫ってみる。
渡辺さんも異能の動物たちを研究対象とすることで、例えば「生き物にとって酸素とは何か?」というようなシンプルな問いにアプローチしていく。
その方がエキサイティングだから、と渡辺さんはいう。
そんなエキサイティングな話にあふれた本だった。