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動物と人間の絆

動物と一緒に暮らしている方は、疲れて帰ってきた時、落ち込んだ時、寄り添ってくれる動物たちに心を癒された経験があると思います。2匹のネコと暮らす私も毎日実感しています。動物と一緒に暮らしていない方も、自然の中で過ごすことで少し元気を取り戻したり、リフレッシュできた経験があると思います。

ここ1年、フォトジャーナリストの大塚敦子さんという方の本を何冊か読んできました。大塚さんは、自然や動物との触れ合いを治療に取り入れた子どものための長期療養施設や、犬や猫との関わり、訓練を通じて成長や自立を目指す取り組みをしている少年院、刑務所の取材を続けてきた方です。

大塚さんは何冊も本を出版されていますが、私が読んだ本はこちら。


どの本も考えさせられ、そして心に響く話でした。
それぞれの本について、背景や、私が感じたこと、印象に残ったことを書きたいと思います。

『野菜がかれらを育てた』 岩波書店刊  2002年

この本は、お世話になっている獣医師(近所のかかりつけ獣医師ではない先生)に教えてもらいました。この本がきっかけで大塚敦子さんの本を読むようになりました。

舞台はアメリカのサンフランシスコ郡刑務所。収容されている人の多くは麻薬売買で逮捕された人たちだそうです。

サンフランシスコ郡刑務所で行われている「ガーデンプロジェクト」。このプロジェクトの創始者、キャサリン・スニードさんという女性と受刑者たちが主人公です。

キャサリンさんは、1984年から刑務所内での園芸プログラムを立ち上げ、1992年にはNPOのガーデンプロジェクトとして独立させました。本書では、受刑者や元受刑者がオーガニック農業や庭仕事を通じて、生き方を模索していく様子が丁寧に描かれています。

最初は20人の模範囚からスタートしたというプロジェクト。当初から彼らを見てきた刑務所の係官は、受刑者たちの態度が明らかに変化していったので驚いたそうです。毎日土に触れ、黙々と草むしりをし、野菜や花の成長を感じる。そのうち、彼らは笑顔を見せるようになったり、明るく挨拶するようになっていったそうです。悪天候などで畑に出られない時は本当にがっかりした様子だったそう。彼らが育てた野菜や花を通して地域の大人や子どもたち、警察官との交流も生まれ、地域の犯罪発生率も低下したといいます。

しかし、ガーデンプロジェクトに参加した受刑者全てがその後うまくやっていけるわけではありませんでした。すぐにやめてしまう人や、出所後になかなか生活の基盤を整えられなかったり、中には再び逮捕され戻ってきた人もいたそうです。

キャサリンさんの手はいつも土で真っ黒。そんなキャサリンさんのもとを1人の元受刑者が訪ねてきました。
その元受刑者は両親に色々と問題があり、子供の頃は祖母に育てられたそうです。若い頃から麻薬の常習者で、刑務所を出たり入ったり。周囲からは疎まれ、邪魔者扱いされてきた。それが彼の人生。そんな彼はキャサリンさんと出会い、プロジェクトに参加し、人生が変わりました。彼はキャサリンさんについてこう語ります。

キャサリンの手は、土いじりでまっ黒だった。ボスなのに、誰よりも良く働いた。彼女の姿は、俺の祖母とだぶるところがあった。俺の人生でたった一人、優しくしてくれた人とね。

『野菜が彼らを育てた』大塚敦子著 岩波書店 より


このガーデンプロジェクト、今はどうなっているのか分かりません。調べたところ、定かではないのですが、どうやら2018年に閉鎖してしまったようです。

『犬、そして猫が生きる力をくれた』 岩波現代文庫刊 2016年

アメリカのワシントン州にある女子刑務所で行われている介助犬育成プログラムPrison Pet Partnership(PPP: プリズン・ペット・パートナーシップ)で受刑者の女性たちが犬や猫の訓練や世話を通して自立の道を模索していく物語です。PPPはこの本の出版された2016年の時点ですでに30年以上の歴史があったそうです。もちろん、女子刑務所だけではなく、男子刑務所でも実施されています。

大塚さんはこの本を執筆する前に、エイズで死をむかえようとしている人々と彼らに寄り添う犬や猫を取材し、人と動物との関わりに強い関心を持つようになったそうです。

PPPでは、女性たちは動物の訓練や世話を通して成長し、出所してからもペット関連の仕事で生計が立てられるように技術を身につけていきます。そして犬たちは介助犬としての訓練を受けたり、虐待などで人を怖がったり凶暴になってしまった犬は再び人と暮らせるように訓練を受けたりして、新しい飼い主に引き取られていきます。犬だけでなく、捨てられるなどして保護された猫にも彼女たちは愛情を注ぎます。

深く傷つき、絶望した女性たちは、動物との関わりを通じて少しずつ変化し、やがて生きる力を取り戻していきます。犬や猫、人と違って物言わぬ彼らですが、彼らの表現に嘘はありません。女性たちとの関わりを通して犬や猫たちも変化していきます。双方の変化が共鳴し、未来への道筋が開かれていく様子に感動しました。

PPPのホームページです。


『ギヴ・ミー・ア・チャンス 犬と少年の再出発』 講談社刊 2018年

舞台は千葉県にある八街少年院。
八街少年院で2014年にスタートしたGive Me a Chance(GMaC)というプログラムに参加した、3頭の保護犬と3人の少年たちが本書の主人公です。

GMaCでは、少年たちが3ヶ月間、家庭犬として一般家庭で暮らせるように犬たちを訓練します。

アメリカの少年刑務所や更生施設で行われている保護犬の訓練プログラムを取材した大塚さんは、日本でも同様の取り組みができないかと模索していました。その過程でアメリカでドッグトレーナーとして活躍する鋒山佐恵(ほこやまさえ)さんと出会い、最終的にこの取り組みに手を挙げた八街少年院でGMaCがスタートしました。

ところで、本書でちょっと気になったことがありました。
それは「いい犬」と言う表現です。
いい犬になるための訓練。。。

残念ながらこの人間社会では、人の言うことをよく聞く犬は「いい犬」、人に噛み付いたり言うことを聞かない犬は「わるい犬」のレッテルを貼られがちです。人間にとって都合のいい性質はいい、都合の悪い性質はダメとされる。

他の野生動物と違い、長い歴史を通して私たちが人間社会に深く引き入れ、私たちの大切なパートナーとなった犬。我々には犬たちがこの人間社会で生きていけるようにしていく責任があります。もちろん猫や他の家畜化された動物たちに対しても。

考えてみれば子どももそうです。親の言うことをちゃんと聞き、勉強ができる子はいい子、親の言うことを聞かなかったり勉強ができなかったり人に迷惑をかけた子は悪い子。
少年院に収容された少年たちはおそらく悪い子と言われ否定されてきた。
そして深く傷ついた。

本書は、そんな少年たちと犬たちの成長物語です。
少年たちは犬の訓練を通じて自分の課題を見つけ、試行錯誤しながら課題を克服していきます。犬たちもどんどん色々なことができるようになっていきます。それが少年たちの自信や成長に繋がり、彼らの表情や態度にも変化が生じていきます。犬たちとの絆も日に日に深まっていきます。

本書のところどころに犬たちの写真が載っています。犬たちは、少年たちを「少年院に入っている」人間としては見ません。純粋にひとりの人間として彼らを見て、信頼し、共に成長していきます。
犬たちのまっすぐな目、本当にかわいいです。

3ヶ月間の訓練を終え、家庭犬として巣立っていく犬たちに少年たちがメッセージ入りの黄色いバンダナを巻いてあげるシーンは泣いてしまいました。


『動物たちが開く心の扉』 岩崎書店刊 2005年

アメリカ、ニューヨーク州にあるグリーン・チムニーズという施設が本書の舞台です。

グリーン・チムニーズは、家庭崩壊や虐待で心に傷を負った子どもたち、自閉症やアスペルガー症候群の子どもたちを長期的に治療する施設です。1947年の設立以来、自然や動物との触れ合いを治療に取り入れてきたことで知られています。

施設内には子どもたちが暮らす寮、学校、診療所、農場や野生動物の保護センターなどがあります。自然豊かな施設には犬や猫、猛禽類、ヤギ、羊、馬、その他様々な動物たちがいます。子どもたちは自然の中での動物や植物との関わりを通じて思いやりやコミュニケーションを学び、成長していきます。

施設では、子どもたちは動物たちをケアするための様々な仕事を与えられます。仕事ができるようになると施設のスタッフに信頼され、どんどん仕事を任されるようになります。それが子どもたちの自信につながっていくそうです。

本書に登場した12歳の少年と馬の話は印象的でした。アスペルガー症候群と診断されたその少年は、算数が得意な大人びた子でしたが、周りとの意思疎通が難しく、自分の感情をコントロールできなくなることもあったそう。そんな彼が心を通わせたのは1頭の馬でした。人に触られるのを嫌がったり、予想のつかない行動をとる馬で、インストラクターでも扱いにくい馬だったそうです。しかし、少年はそんな馬をありのままに受け入れ、馬の方もそれを敏感に察知し、少年には心を開いたのです。少年は自分と馬が似ていることを見抜いていました。

本書には、動物にそっと寄り添い、優しく抱き抱え、温かい眼差しを注ぐ子どもたちの写真が多数掲載されています。

大塚さんは、こう言います。動物たちは、子どもたち一人ひとりがもともと持つ、優しさや慈しむ心を引き出してくれる存在だと。



『シリアで猫を救う』 アラー・アルジャリールwithダイアナ・ダーク 大塚敦子訳 講談社刊 2020年

こちら、『シリアで猫を救う』は大塚さんが翻訳された本です。
長くなってしまいそうですし、この記事では詳しくは書きません。今現在どうなっているかも分かりません。

激しい内戦が続くシリア、その中でも特に激戦地であるアレッポで、2012年から自分の車を使って負傷者の救出を始めたアラー・アルジャリールさん。そのうち、瓦礫の中に取り残され傷ついた猫たちを見て放っておけず、彼らの救出も開始します。保護施設を作って猫や犬の世話を始めますが、いつ自分も爆撃で死ぬかもわからない。それでも諦めずに活動を続けるアラーさん。
「アレッポのキャットマン」として知られるようになったアラーさんから、
イギリス人作家のダイアナ・ダークさんが直接話を聞き、まとめたのが本書です。緊迫感があり、読むのが辛かった場面も多かったですが、アラーさんの深い優しさには感動せずにはいられませんでした。



すごく長くなってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

読書の秋です。
どの本も、大塚さんの綿密な取材に基づく、分かりやすく読みやすい文章でぐいぐい引き込まれていきます。フォトジャーナリストである大塚さん。どの写真も大塚さんの温かい眼差しが伝わってくるようでした。

そして、改めて自然の力は偉大だなと。
人間も自然の一部ですが、現代の私たちは人工物に囲まれ、自然から遠く離れてしまいました。ちょっと疲れたな、最近調子悪いな、仕事行きたくないな(私か?!)、人間関係に疲れたなあ。そんな方はちょっと足をのばして、自然の中に身を置いてみるのもいいかもしれません。動物と暮らしている方はその子と思いっきり遊んだり、そっと抱きしめてあげてください。

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