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運命学的な視点からの個人的解釈✴️エヴァンゲリオンについて❷
エヴァ、新劇の名前変更に関して。
波→ハーモニクスの運命の波を表している。人生の波である。
宿命、運命、希望の波、真希波(第三の波)とは、真の倍音の可能性、を表している。この三つの波があるんですね。人生には。第三の波は、ある条件をクリアしないと出てこないんですけどね。
正確に言うと、その門があっても気がつかなければ無いのと等しい、そんなところだと思います。
そこについても運命学的視点で個人的に感じた事を説明したいです。
波というのは、波長であり、周波数で物語が出来ている、ということを表していると思います。
人生のバイオリズム、ということですね。
物語をこういう付属した概念を考慮せず、予備知識を無しに、純粋に映像作品として作品を楽しみたい方もいると思うので、以下、興味のある方のみ、私の個人的解釈をお楽しみ下さい🌟
式波アスカについて、また思いついたことが有ったので、そちらから書きます。読んでいただけると嬉しく思います🌟
女性性=産み出す力、受け入れる力、波があるもの=自然そのもの=ありのまま=宇宙(カオスとコスモスが共存)=愛
式=仕組み(創造性の産み出す力の方程式、遺伝子)
=自分がどうしたい、という意志を持っている、という事でもあるかもしれない。
つまり、本当は、自分の意志で式を組み立てる事が出来る。
兎に角、アスカは未来を切り開きたいってのもあると思う。
諦めた様な事を言ってる時もあるが、基本は生きようと、皆を守ろうとしている。
何もしなければ、諦めて死を待つだけ、そういうのは嫌だ。
心を持って、生きているのだから。
よって、アスカは人間そのもの。
女性性とは、新しい未来を創っていく力。産み出す力。
心は原動力。
私がアスカに感じるのは、アスカは生きる事を諦めていない。
それは、自分で明日を創っていこうとしているから。
自然そのものというのは、宇宙と一体、ということであり、それは、魔力を秘めているということ。リズムがあるということ。
なので、女性性によって、産み出す力が使え、それを魔法と言ってもいいかもしれない。
遺伝子(情報)にその波が組み込まれている存在、式波、ということ。
綾波、は、受け継いだ今までの情報を紡いで来た魂。
綾波は、魂が借り物なので、肉体が維持出来ない。
元は、ユイの魂から作られたクローン、ということだからなのだと思う。
そして、ユイの魂は覚えているが、(経験してない事で懐かしく感じたり)
レイ自体は、本当はいる筈のない存在。
男の子が産まれたら、シンジ、女の子が産まれたらレイ、と名前を決めていたが、産まれたのはシンジだからだ。
なので、本来ならこの世に生まれて来ている存在ではない。
綾波が受け継いで来た情報は、ユイ由来の魂なのだと思う。
だけど、心はレイ。そこで魂と精神の不一致がたぶん起こっているのだと思う。
仮体験で、この世に来るはずではなかったけど、ユイの魂の一部で
レイは存在することになった。
つまり、本当のオリジナルの魂、精神、体、のセットが揃っている
自然に産まれた人間、ということでは無いのだと思う。
勿論、レイにも生きて来ただけの、心が誕生はしたのだけれども、
人間の女性の肉体からは、実際に産まれて来てはいない。
もしかしたら、レイが居ると、シンジの存在もあやういものになる宿命だったのかな、とかもちょっと思う。良い悪いの話ではなくて。魂の情報のバランス的に。
式波は、そこが違い、アスカには魂も精神も肉体も揃っている、ということ。
アスカもクローンなのかな、と思ったけど、オリジナルの魂がしっかりあり、
その魂は、誰かと分けたものでは無かったのだと思う。
つまり、物事を産み出す力、クリエイトしていくことが出来る。
オリジナル、ということ。
レイやユイ、レイやシンジは、なんていうか魂を分けた存在だったのかな、とも思った。
アスカは誰とも交わってない純粋な魂だったのかもしれない。
自分という個、は忘れない、というか。
それは精神的な意味でももしかしたらそうだったのかもしれない。
で、その式波アスカって名前と、碇シンジって名前で何か感じることはありませんか。深くは言えないですけど、気付いている人は気付いている事があるんじゃないでしょうか。
名前には必ず意味があります。気になる方はご自分でも考えてみてください。面白いことが見えてくるかも知れませんね。
式波アスカは、自分で式を組み立てて、創造する事が出来る、ということだと思います。その気になればですが。その条件は揃っている、という事です。
人を捨てる、ということは、死者に片足突っ込んでいる、という事でもあると思う。
生きる事を諦めてでも、成し遂げたい事のために自分を殺して犠牲にする、という事でもある。それは、もし、自分以外の誰かの為にその行為をしたとしたら、それは、たぶん、愛、というのだろう。
愛を持つ人間は、物凄い力を発揮する。それが、人間に使える、魔法、みたいなものなのでしょう。式波アスカには、自分の意志でそれをするだけの愛情の深さ、覚悟、まぁ、人間としての欲、もちゃんとあるのでしょう。だから、本当の女性性の魔力を使える。
抑圧されて来た存在として、それでも、みんなの為に、自分の為に、自ら望んで人生を切り開こうとしている。そして、アスカにはその強い意志がある。
つまり、式を組み立てて、魔力を操り、魔法の様な事がしっかり出来る、そういう女性ですよ、って事でもあると思うんですね。
自分の明日は自分で作る、という自立した考えで行動を起こせる、そして、それは誰にでも出来る、というわけではなく、強い意志の力を操る事の出来る、適格者、で無いと出来ない。アスカにはその素質がある、という事なのだとも思います。
これ、今、凄い昔に書いた下書きを開き直して、再構築しているので、
話纏まってなかったらごめんなさい。まぁ、形にならないのも勿体無いので、不完全でも思いついた事書いちゃいますね。期待に沿えてなかったら申し訳ありませんw
シンエヴァの最後に、パラレルワールドのエヴァが必要ない世界に飛んで目が覚めたのは、あれだと思う。戦わないで、その魔法を愛を育む為に使いなさい、という世界の意志、みたいなものであるのかな、とか思った。
えっと、アスカは本当の愛を知った。だから、エヴァで戦う世界に居なくて良くなった、という事ですね。厳密に言うと。
そして、アスカ本人にはまだ、その事が理解出来てるかも、分かりませんが、それは、私達、映画を観た、一人一人の心の中にある答えがその人にとっては全て、という事なのでしょう。自由に創って良い。本当にそういうエンドだと思います。
私個人としては、アスカは戸惑いながらも、シンジを愛していた、と気がついたと思いますね。でも、シンジと離れ離れになってるので、喪失感も凄いと思います。
でも、あの最後の世界には、シンジもアスカもいました。私はこれからの物語がしっかりある、と思いましたね。もちろん、公式で作ろうとしたら、もうそれは、今までのエヴァンゲリオン、という作品では無くなってますけどね。そこは卒業しましたから。私の頭の中ではシンジとアスカのラブコメが、やっと始められる!と凄く幸せな気持ちなのですが(笑)
今回、続きの下書きを開き直してみて良かったです。
文章に纏めると、私の頭の中も整理され、LASの二次創作を描こうと思っていたのですが、進みそうなので良かったです♪
❸に続きますw