続青臭い女と擦れた男の話 15
長い話が辿り着いた先は安堵か苦行か!儚い命と向き合うNo3
いつまで経っても慣れない仕事
美羽は、職場にはなれたけれど、新しい仕事を次々に覚えていかなければ周囲に迷惑が掛かるので必死だった。
職場の先輩は、皆優しいのだけれどそれぞれの仕事に忙殺されて、美羽の事を一々構っていられない。
てきぱきと仕事をこなす先輩に比べて、自分の不器用さと無知に何度も涙がこぼれそうになった。美羽の配属された部署では大量に個人情報も扱うので、正確かつ緻密にそしてそれにも増して安全に対処しないと大事に至るので、就業時間はかなり神経をすり減らす。
終業間際になると先輩に、
「大丈夫、そのうち慣れるから焦らないで美羽ちゃんのペースでこなすといいよ」
と、優しく声を掛けられ溢れそうになる涙を必死でこらえる毎日だった。
実際の所、焦ってミスを犯されては困ると思うので、先輩の言うことは優しくも的を射ている。
マンションの自室に戻ると、何もする気が起きずベッドにダイブして仮眠をとった。ふと、目覚めて明日から土日祝なので3連休だということに気づき、改めてシャワーを浴びて遅い晩御飯を食べた。
相変わらず母からは毎日のようにLINEが入ってくるが、「大丈夫、元気だよ」とおざなりな返信しかしていないことを思い出し、電話をかけて先週のお礼を言っておいた。父母とも元気そうで安心した美羽だった。
10時前になって直也から、LINEが入った。
直也は美羽の問いには答えず、笑顔のスタンプを返してきた。
年下のように感じる直也の言動
2週ぶりに逢った直也は、心なしか憔悴しているように見えた。
美羽は、約束の郷里の土産を渡し、臨戦態勢で直也の語りだすのを待った。
直也は、先々週の真矢との会話やそれ以前のいきさつを、舌を噛みながらも美羽に伝えることができた。
「そのお子さんは直也の子供じゃないのよね。」
と言いながらも美羽は、何故か一瞬汚らわしいと感じ直也を睨みつけた。
美羽と直也はまだ、そういう関係ではなかったからだ。美羽にとって直也は大切な人ではあるが、其処まで考えたことは無かったし、直也も素振りさえ見せなかった。
美羽は、自分の身体が父母の愛の結晶である事が、今更ながらに不思議に思えてまじまじと自分の手指を眺めた。
その子(心菜)が、両親から望まれて生まれた子供ではない事に理不尽さを感じ、無性に可哀そうになった。ただ一人愛してくれる母さえも難病に蝕まれ明日をも知れぬという。
美羽は、目の前で、肩を落とし判決を待つかのような非力な直也の姿に苛立ちを覚えた。
然し、美羽もまた無知で非力であった。
「親戚を探してあげるとか、暫く預かってくれる施設を探すとか
出来ないの?」
直也は、控えめに答えた
「親戚はいないらしい」
「らしいって・・・区役所に聞くとか」
美羽は、個人情報を赤の他人に教えてくれる筈がないことも知らなかった。区役所の職員が、業務上知り得た情報を漏らすことは地方公務員法で禁じられている。弁護士の資格も、司法書士等の資格も持たない美羽たちが調べるには真矢の委任状が必要だった。
「ねえ、真矢さんに逢わせてくれる?」
唐突な美羽の申し出に少し面食らった直也は
「無理だよ、きっと。なんて言って紹介するの?」
と、しどろもどろになりながら答えた。
その様子に美羽は
「何かやましいことでもあるの?」
不審げに直也を見つめた。
「やましいことは無いけれど、真矢が・・なんていうか・・・」
直也は、溌剌と幸福感に満ちた美羽を見せることで、真矢の病状が更に悪化するような気がしていた。
美羽は、いつまでも「真矢」と呼び捨てる直也に一層の不信感を覚えた。
「どうして[真矢さん]じゃないの?【真矢】なの?」
美羽に指摘された直也の頭から霧が少し薄くなるのを感じた。
過去に数度関係が有ったとはいえ、呼捨ては、今は別の人生を歩む他人に対する呼称でもなく、まして、何とかしてやりたい等とは傲りでしかなかった。
感情に流され、自分と同じ境遇の子に憐憫の情を抱いていた自分を外から見つめ直すことができた。
「明日、二人で真矢さんをお見舞いしよう」
帰り際、何故か美羽の頭に、牧田氏の顔が浮かんだ。