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【ミステリー小説】消えた口紅 No5(刑事を名乗る男)
介護職員を名乗る男の3年間の足跡をなぞる!チームフォトグラファー
刑事を名乗る男
室内には多くの友人がいたので、軽い気持ちでドアを開けた。
「こんにちは、以前にもお尋ねしたことがある刑事ですが」
またしても、手帳の提示もせず名乗りもしないで話を進めようとする男二人。
「刑事さんなら、手帳を見せていただけますか?」
「申し訳ありません、生憎忘れてしまって」と背の高いほうの男
もう一人の男が、ポケットから黒い物を取り出しチラッと見せて直にしまい込んだ。
「それでは、お名前をお伺いできますか?」
「脇田です」とは長身の方
「黒岩です」やっと聞き取れる程の声で、手帳を出した男が答えた。
どちらも三十前後の年恰好だ。
私は、刑事と話したのは前回を含めて短い生涯で二度目だったので、こんなものかとも思ったが、何故か余計なことを喋る気にはなれなかった。
「唯今、会議中ですので、手短に御用の向きをご説明願えますか?」
「前回お尋ねした内容と同じなのですが、この女性の事を思い出してもらえませんか?」とまたしても同じ写真を見せられた。
黒岩と名乗る手帳男の横顔と声色に、私はあることに気づき顔に出すまいと必死だった。
「何処かでご一緒した方でしょうか、仕事柄沢山の方とお会いするので、全員は覚えておけなくて申し訳ございません。」
「そうですか、残念です。実はこの方亡くなりましてね、もしご記憶なら捜査の参考にさせていただきたかったのですが」
二人の訪問者は、安堵にも似た表情で顔を見合わせ、頭を下げて帰って行った。
刑事の方から、こちらが聞きもしない人の生死を口にするなど聞いたこともない。一体彼らは何者なのだろうか?
偏見かもしれないが、刑事の様に泥臭くもなく、毎日炎天下で足を棒にして、聞き込みに専念している風体にはとても見えなかった。あれでは、容疑者に暴挙に出られたら、一溜りもないだろう。
どちらかと言えば、室内に籠って仕事をしているような白い顔をして、指もピアノでも弾いているのかと思うほど細く靭だった。
二人の男性の足音が遠ざかるのを確認して、メンバーのいる部屋に戻ると震えが止まらなくなった。
蒼褪めた顔で、パソコンを立ち上げて保存していた写真を見入る私に、楠本が聞いてきた
「何?どうした?手がかりでも見つけた?今のお客さんが目ぼしいお土産でも・・・」
指を震わせならがらマウスを操作する私に、只ならぬ様子を感じ取ったらしく楠本は軽口を飲み込んだ。
「刑事と名乗ったけど、刑事じゃない!」
絞り出すように答える私にメンバーは顔を見合わせた。
残念ながら、目的の物は一枚も映っていなかった。
トラブルを避けて、了承を得ない人物にカメラを向けない主義の自分を初めて呪った。
然し、記憶力には自信があった。あの時の横顔に間違いなかった。
何故、前回の来訪の時に気付かなかったのだろうか。
メンバーに震える声で説明した。
複雑な事態の展開に、探偵肌の楠本の目が輝きだした事に私は気付かなかった。
メンバーの中で一番仲の良い、ライターの庄司和香子に暫く同居してくれないかと頼んでみた。
和香子は快く
「私の部屋に来る?広いから大丈夫よ」
と言ってくれたが、和香子の部屋まで彼らに見張られることを恐れて
「この部屋で、一緒にいて」と頭を下げた。
他のメンバーが退去した後和香子と二人で改めてコーヒーを煎れ直した。
念のため、竹井弥を呼び出し、インターホンに残った画像を確認して貰った。