続青臭い女と擦れた男の話 16
長い話が辿り着いた先は安堵か苦行か!儚い命と向き合うNo4
初めての真矢宅訪問
翌朝10時、美羽と直也は真矢のアパートの前にいた。
昨日美羽と別れてからアポ電を入れていた。
無駄な感情移入しないためにも、ビジネスライクにアポ電と言うやり方を選んだ。
真矢は、特に拘る様子もなく二人の訪問を受け入れると言った。
インターホンを鳴らすと、少し物憂げな返事と「まあま」と言う女の子の声が聞こえた。ドアを開けて覗かせた真矢の顔は、青白くかなりやつれていた。
「ようこそ御出でくださいました。散らかしていますがお上がりください」
通されたのは10畳ほどのリビングダイニングだった。四角く区切られたスペースが続いていて、ベッドが置かれていたが、カーテンが開いたままだった。
体調が悪く、横になる事が多いのだろう、ベッドの上には肌布団が乱れたままになっていた。
直也は、美羽を今お付き合いしている人だと真矢に紹介した。
「ごめんなさい、美羽さん驚かれたでしょう。でも直也さんとこの子は、何の関係もないから安心してね」
「いえ、そんなことより入院なさらなくてよろしいのですか?」
美羽が気遣うと、真矢は寂し気な表情で
「この子を置いては何処にも行けないのよ」と心菜の頭を撫でた。
然し、遠くない将来に心菜は、独りになってしまう可能性のほうが高い。
詳しく真矢の病状を聞き、行政に相談することを勧めた。
真矢は覇気のない声で、
「いつかは児童養護施設に引き取ってもらわなければ、お世話も出来なくなるでしょうね、でも今会えなくなるのは寂しい」
と涙を零した。
最初、真矢の後ろに隠れていた心菜も、次第に近寄り美羽の身体を触ってくるようになった。
何と愛らしい子なのだろうと、美羽は頭を撫でた。片言しか喋れない心菜は、「みーみ」と言いながら小さな身体を預けてきた。
美羽の意外な提案
暫くスマホと格闘していた美羽が、
「ねえ、直也!心菜ちゃんの認知をしてあげたら?」
突然、美羽が突拍子もない提案をしてきた。
「へ?僕が?なんで?」
「だって、預かるにしても色々手続きが必要だし、施設に預けてしまうなんて可哀そう。」
「僕の子じゃないのに、認知はちょっと・・・・」
「大丈夫!私が心菜ちゃんのお世話をするから、それに心菜ちゃんのママが病院行って治療済んだら、また心菜ちゃんは元気なママと暮らせるでしょ。」
安易で無謀な思いつきを昂然と話す美羽に、真矢も直也も呆然と口を開けていた。
「とんでもない!直也さんにそんなことをしていただく道理はありません」
と慌てた様子で真矢は否定した。
その様子に美羽も馬鹿なことを言ったものだと反省した。
心菜が、この世に存在することすら知らない真の父親は、何処でどうしているのだろう。
「心菜ちゃんのお父さんには頼ることはできないのですか?」
美羽の問いに、真矢は力なく首を横に振り然し毅然と
「そのつもりはありません」と言った。
美羽には、親同士の事情であり心菜ちゃんにはいい迷惑としか思えなかった。
真矢は、
「私は、心菜を一人で育てるつもりで彼には内緒で生みました。その後コンタクトを取りましたが、なしのつぶてです。今彼がどこに住んでいて、どうして暮らしているのかさえも知りません。仮に所在が分かったとしても、心菜がどんな目に合うか知れたものじゃないです」と言った。
心菜とのデート
長居をすると真矢の身体に障るからと、お暇しようと2人が腰を上げると、心菜が美羽にしがみついてきた。
いつも病身の母親と二人、家の中で過ごし、退屈していたのだろう。どこかに連れて行って欲しいのかもしれないと、真矢に断り公園に連れ出した。
真矢は
「すみません、初めての方なのに心菜が我儘言って」
と頭を下げた。
「きっと、美羽さんの温かみのあるお人柄が心菜には、安心できるのだと思います」
美羽は少し恥ずかしくなり
「そんなに言っていただけるほどの人間じゃないですよ。まだまだ未熟だし、心菜ちゃんと同じ目線かもしれません」
と笑った。
心菜は真矢と離れても不安がることなく、とことこと、小さい足でしっかり歩いた。
直也と美羽に、両手を繋いで貰って随分燥いで飛び跳ねていた。他所から見たら、仲睦まじい親子にしか見えないだろう。
美羽は、直也と二人のデートも楽しいけれど、心菜ちゃんを入れた3人のデートもまた楽しいと思った。心菜ちゃんを外食に誘おうと思ったけれど、食生活を聞いてなかった二人は諦めた。
公園からの帰り道スーパーに立ち寄り、心菜本人にいろいろ選ばせた後真矢の昼食も見繕って、真矢に、心菜ちゃんと買物袋を渡し今度こそ本当に辞去した。
「また、お邪魔しても大丈夫ですか?」
美羽の問いに、真矢は少し涙目になりながら何度も頭を下げ
「ご迷惑でなかったら、ぜひお願いいたします。今日はありがとうございました」
と再訪を快諾した。
直也は、人間は病気になると、身体だけでなく心も弱ってしまうのだとつくづく実感した。
短い交際期間、真矢は弾けるような笑顔で活動的だった。
対人関係の悩みで攻撃的な対応も聞かされたりした。美羽とは正反対の性格だった。
だが、今の真矢はいかにも儚げで、触っただけで直ぐにも消えてしまいそうだった。
今更、真矢と復縁したい訳では決してないが、心菜の事を思うと心が痛んだ。
美羽の提案は受けることはできないが、何とかしてやりたいと思う気持ちに変わりはなかった。
そして、改めて美羽の心の広さに驚かされた日でもあった。
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