続青臭い女と擦れた男の話 17
長い話が辿り着いた先は安堵か苦行か!儚い命と向き合うNo4
真矢の言葉に想う直也
翌日も2人とも勤務は無かった。心菜ちゃんの事を除き、心踊る3連休だ。
直也は、洗面台の鏡を見て歯磨き粉が溢れて白髭翁の様になった自分の顔に
(うん芸術的だ!)
と他愛もない事を考え満足していた。
美羽が昨日放った言葉を頭の中で反芻してみた。
(ん?確か、「大丈夫私がお世話するから」って言ったよなあ?
それって、同居するって事?プロポーズしても良いって事?)
都合の良い様に解釈して思わずニンマリとしてしまった。
然し、以前の苦い事件を思い出し、直ぐに自分の甘い考えを打ち消した。
よくよく考えれば、美羽は真矢に対して随分失礼な事を言っていた。
「認知してあげれば」
「お世話するから」
などと余計なお世話で、思い上がり、上から目線も甚だしい。
子育ての何たるかも知らない僕や美羽に一体何ができると考えたのだろう。
日中預かるだけの保育所でも様々な問題が起きているのに、昼夜面倒を見るとなるとどれだけ大変な事か、美羽には想像すら及ばなかったに違いない。
唯々、可愛いだけでは済まされない、母を忍んで涙することもあれば、病気や怪我もする。それをどうやって凌いでいくのか、親になった経験もなければ、人間として成長もしきっていない当人達にそんな力量があると考えて発した言葉であろうか。
そんな美羽の態度に、真矢は怒る事も無く反対にお礼すら言っていた。
それ程までに、病気に心も身体も蝕まれ暗闇の中に独り佇んでいたのだろうか。美羽の言葉に反発する気力さえ無くしてしまったのだろうか。
これは、一言美羽に釘を刺すべきかも知れない。だが美羽はどう反応するだろう。その時は僕も驚きはしたが、言葉の持つ棘まで深く考えることもなかった。美羽に対して後ろめたい気持ちが先行していたのかもしれない。
良かれと思って発した言葉が相手を貶めることになる。
自分が、優しさの裏で自惚れと侮蔑が同居した様な態度を取っていたと気づかされた時、美羽は傷心するだろうか。
美羽もまたあり得ない状況に気分が高揚していたのかもしれない。
美羽の成長過程や、現在の置かれている状況からは、心菜や真矢の暮しは想像もできない話だろう。
地方都市で摘出子として生を受け、恵まれた環境で何不自由なく暮らし、家族は血縁者だけで構成されている。
仮に家族と些細な仲違いをしたとしても、時間が解決してくれる。
現在も幾らかの悩みはあるにせよ、職場にも友人にも恵まれ、幸せな環境下にある。
まして、美羽にとって僕は勿論の事、他の男性との関係もあったなどと想像し難いから、美羽の中の常識の範疇をはるかに超えているであろう。
美羽の事をとやかく言える立場にないが、容易に発した言葉がいつ刃となって他人の心を突き刺すかもしれないということは知っておくべきだと思った。
「僕も、かなり美羽を傷つけてしまったからなあ・・・美羽の事偉そうにいえないなあ」
美羽の反省
3連休最後の朝、美羽はベッドから出ることなく心菜の事ばかり考えていた。
(可愛かったな、あの子と一緒に暮らせたら楽しいだろうな。でもママと離れて寂しくなるかな)
(真矢さんの病気の事もあるし、毎日会いに行くわけにも行かないから、今日は大人しくいていよう)
(やはり、早めに行政とか何処かに相談して、心菜ちゃんの将来を真剣に考えてあげないといけない)
等と思いあがった勝手な思考が美羽の頭を巡っていた。
スマホの音にビクッとして、夢想の世界から解き放たれた。
「会える?」
直也からだった。
美羽がのろのろと起き上がり、部屋の清掃をし、食パンとベーコンサラダ、コーヒーで軽い朝食を済ませた時、インターホンのモニター越しに直也の顔が映った。
直也の話に、美羽の想いは撃沈した。
自分の行動や言葉の発する威力が他人にどう影響するか、思慮の浅かった自分を恥じた。
自分が、ベストだと思った事が他人には迷惑かもしれない、まして言葉の持つ怖さも改めて思い知った。
母や姉に甘え、友人たちと屈託のない話しかしてこなかった自分の幼さが露呈したようなものだ。
(なんと情けない自分だったのだろう、未熟者で無知の私が心菜ちゃんと暮らせるはずがない)
2人の約束
直ぐにでも真矢さんに謝りに行きたいと言う美羽を宥めて、今日は2人でゆっくり最善策がないか考えることにした。
2人とも、真矢が心置きなく治療に専念してくれる事を望んでいるのは間違いなかった。独りぼっちになってしまうかもしれない、心菜の行く末も心配だった。
2人が取敢えず出した結論は、お節介でも心菜ちゃんが嫌でなかったら、時々預けてもらい遊びに連れ出そう、そして真矢さんが早めに決断し、治療してもらうこと。
真矢さん本人は悲観しているが、根気よく治療すれば、前回のように寛解もあるかもしれない。そして心菜ちゃんが成人するまで共に暮らせるかもしれない。
近々真矢宅を訪問し、真矢の心を動かそうという結論に至った。知らされてしまった以上は、指を加えて人が不幸になるのを見ている訳にはいかない。
他人様の事に、何故2人ともこんなに躍起になるのか分からないが、妙な使命感のような物を感じていたのかもしれない。これも思い上がりから来る感情だろうか。
変なことで結束している2人は、互いの顔を見合わせ不思議な感情が湧きだしていることに気づいていた。
「先ず僕たちの事だね!」
「そうね!全てそれからよ!」
3連休の終わりに美羽の部屋で将来を約束した。父にも母にも相談する前に。
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