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続 青臭い女と擦れた男の話 最終話

前の話

静かに温め続けた中年夫婦愛!若き日の情熱よ再び

AIを操る新郎

直也は、設計部と言ってもその仕事範囲は多岐にわたった。設計だけでなく現場進行状況、資材の選定、コスト管理等、暇そうに見えて自分の設計した案件が無事に完成は息を抜けないのが実態だった。途中で変更を余儀なくされることも屡々あった。

心菜のお相手の山本君の場合は、AIの教育係が仕事の大部分を占めていた。広くパラメトリックデザインツールが普及し、ソフトウエア自体も改良を重ね、相互間のデータ交換も容易になり、条件を指定さえすれば自動設計してくれる様になった。

AIによる3Dモデリングや開発を繰り返したシュミレーションソフトが設計段階での検討を正確にしてくれるので、出来上がってから施主からクレームが来ることもない。我々では、想像できないような建築物の実現も可能になった。資材の選定や調達先の事まで自動計算して設計してくれる。

但しAIの開発やメンテナンスは気を抜けない。また独自のAIを開発することも重要である。

また、建築現場では、人間の重労働の様な労力を殆ど必要としなくなって久しい。

快適な住まい

AIの建てた家は、機能性で言えば優秀な設計ではあるが、心がどこかに置き去りにされた感がある。直也の家も殆どAIによって建築された豪勢な邸宅であるが、其処かしこに、直也のアイデアが詰まっている温かみのある空間だ。

最近は、私が若い頃見慣れた純和風建築を目にすることも少なくなり、我が家もご多分に漏れず、曲線美と直線のバランスの取れた家だ。近隣の建物とのバランスも考えられた設計になっているので、住宅地全体の違和感もない。数軒先に、昔ながらの和風のお屋敷もあるが、それはそれで全体との調和も取れている。

セキュリティーは勿論、エネルギー使用の最適化、空調や照明の自動調整、生活家電や建物の付属設備まで故障や劣化を予測してくれるので、適切なメンテナンスも容易になった。なんとも便利で快適な環境になったものだ。

まだ見ぬ孫

結婚式が終わって、心菜と淳也君は、新婚旅行先のオーストリアに向けて旅立った。二人の共通の趣味は音楽だと言っていた。
直也も私もコンサートには行くけれど、自分で演奏は出来なかったので3人の子供にピアノを習わせた。

「心菜たちの子供は、演奏家になるのかな?」と私
淳矢君の8/1サイズのバイオリンか、心菜のグランドピアノのどちらに興味を持つのだろう。
人間の手による演奏より、AIの奏でる曲の方が多くなったこの頃、まだ見ぬ孫たちはどんな音色を聞かせてくれるだろうか。

夫唱婦随ならぬ婦笑夫瑞

私達は、若い時恋愛らしい恋愛をした記憶があまり無い。
それでも、いつの時もお互いに無くてはならない存在だった。
バタバタと入籍して心菜を預かる準備をしたので、結婚式も上げていないし新婚旅行にも行かなかった。

私たちは、傍から見てもとても仲が良いと思われているらしいが、実際入籍してから一度も喧嘩などしたことは無い。常に手を携え助け合う事で、様々な苦難を乗り越え今日に至っている。

まだ、院生の双子颯太そうた楓太ふうたが残っているけれど、既に其々に進みたい道も決まっている様で何も案ずることはなさそうだ。

独身時代、異性関係が盛んだった直也も、心菜が来てくれてから、一度もそう言う問題で困ったことはない。
そう言えば、朱音お姉さんの所も平穏に過ごしている様だ。

二人だけの秘密のイベント熟年恋愛

心菜が居なくなり、そして楓太達も賃貸のマンションに帰って行った。
天窓から降り注ぐ星の光が奏でる静寂の中、直也は、美羽の瞳の中に燃える炎を見逃さなかった。
そっと抱き寄せた身体から、青臭かった美羽は消え、妖艶な瞳と指で纏わりついてきた。

育児と言う大事業を成し終えた美羽は、人間としても女性としても大きく成長していた。この先、美羽の両親が助けを必要としてくる年齢だ。
この貴重な区切りで、大仕事を労ってあげたい。
若い時に、中途半端に終わったデートを楽しむのも良し、あの頃の狂おしい程の愛を再燃させるのも良い。

直也は、乱れた髪を直しながら立ち上がる美羽に優しく声を掛けた。
「旧婚旅行に行こう、いや新婚旅行だね、壮年の恋と景色を楽しもう」
「海外にしますか、それとも国内にします?あ・な・た」

いそいそと腕に巻いたウォッチに声を掛ける美羽
「海外で素敵なところはない?二人きりで楽しめる穴場がいいわ」
AIは即座に返事をくれた。
部屋の壁面に、様々な国の絶景スポットが、次々と映し出された。

そのあまりのリアルさにまるで旅しているような気分になり、暫くその余韻を楽しんだ後、正装して食事に出かけた。

マスターに頼んで取り寄せて貰った生まれ年ワインならぬ、入籍年ワインで、二人の第二の人生に乾杯しながら旅先を決めた。

山頂の建物、そこから見える海が印象に残り、サンマリノ共和国を第一候補にした。
まだまだ、他にも興味をそそられる所が沢山あった。否、有りすぎた。
ゆっくり少しずつ、長い人生の途中で余所見しながら二人で歩いていこう。

先ず、教会のある美しく静かな国で、二人だけの結婚式を挙げよう。

熟年離婚ならぬ熟年恋愛の始まりだ。


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