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【決定打?】元上司の訃報に思う_2025(R7).1.9
元上司の訃報
同期から、関連会社の役員になった元上司Aが亡くなったと聞いた。
まだ60代前半の元上司Aであった。
私が入社したときに、同じ課の係の係長で、激務でもあり、仕事に厳しく見えてビビっていたアタクシ。
3年後には、アタクシは隣の係で、Aさんに薫陶を受けた…。もちろん激務。
その上司Aさんは、その後、順調に出世し、本社役員で定年。
社会資本の乏しいアタクシは、もちろん仕事だけの関係でしたが、Aさんが役員の時にも説明やら決裁やら方針を仰ぐやら、といった関係。
色々あったし、最後は、アタクシの部署とは、別の担当役員になったので詳しくは知らないが、時折顔を合わせたときは、体調が悪そうだった。
その時もアタクシの至らないところで、時折すれ違っても「お身体、大丈夫ですか?」などとは言えず、「お疲れ様です」と挨拶をしただけで、詳しい病状などは聞いていないが、今回のことを考えると相当悪かったのだろう。
上司Aさんを薫陶した上司Bさんについて
上司Bさんは、10年くらい前に、本社役員のまま50代後半で亡くなった方である。
アタクシが入社した時は、別の課であるが、Bさんが課長。Bさんはすぐに部長になりましたが。
Aさんが入社した時には、Bさんが直属の係長で薫陶を受けたらしい。
Bさんは、ワーカホリック・企業戦士・猛烈社員・月月火水木金金、みたいな方でした。
入社7年目くらいだがアタクシがヒラの時、どうしてもマズいと思う案件があったとき、飲み会の時に既に役員だったBさんに、思い切って伝えたら、案件の方針が変わったという、下の者の意見を聞く度量のある方でした。
ただ、それからすぐに、目に見えて体調が悪そうになり、それでも、出社し続けて、皆が心配していましたが、数年後、先に述べた通り、50代後半で亡くなった。
泣けた。
会社も変わらないし、自分自身も変えられない。
10年前のBさんの死を、Aさんが意識しないはずがない。
仕事の量は落としただろうし、健康にも気を遣ったはずだ。
それでも、Aさん同じような結果になってしまった。
私は、出世競争から外れようとしたこともある人間である。
社内の勉強会で、周りの人間があまりにも優秀だと思った時、会社のことは彼らに任せておけばよいと思った。
体調を崩したとき、もう、無理はしないようにしようと思った。
パワハラで訴えられたときに、上層部に正当性を説明し会社での対応を求めたが、アタクシ個人で対応するよう言われたときにも、こんな仕打ちをする会社に貢献したら馬鹿とまでも思った。
部署は変わっているが、今でも、危機になれば全力を尽くして対応してしまうし、無理をしても対応することは厭わない。会社の迷惑にならない行動を率先してとってしまう。周囲の迷惑にならないようにしてしまうのだ。
出世競争には勝ちたいと思ってしまうし、仕事にでれば頑張ってしまうのである。たぶん本能。
職場で、いわゆる「働かないおじさん」とか、仕事を部下の状況も考えず、「丸投げ」上司とか、そういう風には、なりたくない、慣れないと思う。
自己実現なのか、承認要求なのか、わからないが、そういった場面になれば、自分がラクをするより責任を果たしたい気持ちが勝ってしまう。
会社の状況は変わらない、と思う。利益を上げなきゃならんし、競争相手もいるし、社会的に求められることも多い。
利益も理想も求めるのは、分かるが、現実的には、対応する資源である人材や資金は不足気味である。
いや、資金はあると思うのだが、資金を使うという選択はなるべく避けられ、現状維持、つまり現状の人員・前年と同じ額の資金で対応するように、というのが、基本方針になる。そっちのほうが利益出るから。
何か問題が発生するまで、対応しない、それが基本スタンス。
そうなると、現場の人材で、無理くり対応する。それが基本対応。
わたしなんぞ、率先して対応してしまう。
そりゃ、寿命短くなるよ。
代わりに、役員のイス、貰えるかもしれんけど。
解決策は会社から離れること。
今のアタクシは、金融資本は充分にある。
社会資本は殆どないので、退職も迷っていたが。
退職後、一人でいることが増えて、孤独を感じたり、早くボケるかもしれないが、死ぬよりはましである。
そう思うに至った。
すぐには辞めないと思うが、今後に向けて、放送大学の資料を取り寄せた。
放送大学に入学していれば、会社を退職しても、職業「無職」ではなく「学生」を名乗れるし、すこしでも社会資本増強というか、社会との交流が図っていけるのかな、と夢想しております。