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猫の尻尾ほどのエッセイ   『たっくんと長縄跳び』

たっくんは、僕たちと同じ5年一組。
ダウン症という病気だった。
たっくんは、1番前の真ん中の席。
いつもニコニコして、時々、大きな声で歌ったり、踊りだす。
僕たちのクラスの人気者だった。
 たっくんは、足が悪くて右足にギブスをしていた。
学校に来るときは、お母さんと一緒に登校。帰りは、僕たちが家まで一緒に下校した。
人気者のたっくんの周りは、下校の時も何人も一緒だった。
 給食の時間になると、たっくんはみんなを笑わせる。牛乳を飲んでいる子の前に行って、変な顔をする。その変な顔を見たら、牛乳を吹き出してしまう。
先生が「だめですよ」と注意したが、今度は、先生がたっくんの標的となり、見事に牛乳を吹き出していた。
 その年の運動会で、クラス対抗の長縄跳びがあった。たっくんの前と後ろに、友達がついて、ジャンプの時に手助けする。
やはり、たっくんは高く飛べないので、たっくんの前後ろに補助がつき、たっくんを持ち上げたりしたが、縄がたっくんの足に引っかかった。
練習では2回飛ぶのがやっとだった。
「いち、に、さ…」
練習を始めて何回かは、笑顔もあったし「もう1回!」と元気だったが、徐々に疲れてきて、縄が誰かの足に引っ掛かると、
「今度は誰?」などと不穏な声も聞こえてきた。
 帰りの学級会で「先生、たっくんは長縄跳びの時に、見学でも良いんじゃないですか?」と
みんながドキッとすることを言った子もいた。
先生が「W君(たっくん)も同じクラスメートなんだから、皆でやらないと」
みんなざわつき始めた。
「かわいそうよ。一緒にやらないと」
「でも、他の組に負けちゃうよ」
「学級委員が決めれば?」
なぜか、たっくんは後ろを振り返りながらニコニコしている。
先生が再度口を開いた。
「みんなで力を合わせることが大事です。W君も一緒に飛びたいよね?」
たっくんは少し考えて
「僕、飛ばない、見てる」
と言った。
「えっ⁉ たっくん、一緒に飛ばないの?」
僕も含めて、何人かが同じことを言った。
先生もしばらく、目をキョロキョロさせて「W君? どうして?」とたっくんに訊いた。
「だって、飛べないもん」
「……飛ぶとき足痛い?」
「すこしね」
それからは沈黙。
下校を知らせるチャイムの音にびっくりした。
 次の日は、体育館の片隅のパイプ椅子にたっくんは座り、僕たちの長縄跳びを見学していた。
「はち、きゅう、じゅう! じゅういち……」
僕たちは、12回も飛ぶことができた。
でも、僕たちはこれで良いのかと、なんだか落ち着かなかった。
 運動会も迫る頃、前に「たっくんは見学でも良いんじゃないですか?」と言った子が「先生、やっぱり、たっくんと一緒に飛びたいです」と提案した。
「僕も」
「私も!」
とみんな騒がしく賛成した。
「W君(たっくん)、みんな一緒に飛びたいって言ってるよ。頑張れる?」
たっくんは、満面の笑みで「うん!」と言った。
 運動会当日、僕はたっくんの後ろにつき、たっくんの前は、クラスで1番運動神経が良い子が立ち、たっくんはその子の首に腕を回し、上半身がほとんど乗った状態で位置についた。
チャレンジは3回。
「いち! に! さ……あっ〜」
「いち! に! あっ!……」
残すチャレンジはあと1回。
僕も、たっくんの腰をしっかり持って、再度気合いを入れた。
先生が「最後だぞ! 頑張れ! 足を高く!」と檄を飛ばす。
「たっくん、行くよ!」
たっくんの前の子、僕、僕の後ろの方からも何人かたっくんに声を掛ける。たっくんは緊張しているのか、まっすぐ前を向いていた。
「そ〜れ、いち! に! さん!」
(やった! 3回飛べた!) とみんなの喜んでいる雰囲気が背中に伝わった。
「よん! あっ……」
僕たちの記録は3回!
練習でも飛べなかった3回。
順位は最下位だったが、最高の気分だった。
たっくんもみんなも笑顔満点。
たっくんは、次の年に転校してしまった。
次の学校でも給食中に笑わせていたかな。
また会いたいな。

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