決断の森
薄暗い森の中、リサはどこへ進めばいいのか分からなくなっていた。どの道も似たように見える。木々は鬱蒼と茂り、空は雲に覆われ、道標らしきものはどこにもない。ここに来る前、彼女は自分の人生に確固たる方向性を持っていたと思っていた。しかし、今では、どの選択肢も同じように見え、どれが正しいのか判断できなくなっていた。
「何が正しいかなんて、誰も決められないよね。」彼女はつぶやいた。どこかで聞いたような、価値相対主義の言葉が口からこぼれ出る。
その時、不意に目の前に一人の老人が現れた。彼は杖をつき、疲れた顔でリサを見つめている。「ここは『決断の森』だ」と老人は言った。「多くの者がここに迷い込んで、二度と出られなくなる。なぜなら、彼らはどの道が正しいのか分からなくなってしまうからだ。」
リサは老人に尋ねた。「でも、どの道も同じに見えます。何が正しいかなんて、私には分かりません。」
老人は深くため息をついた。「その通りだ。しかし、すべての道が同じに見えるというのは、実は大きな錯覚だ。君はまだ見えていないだけで、実際にはどの道にも異なる結果が待っている。」
リサは戸惑った。「どうやって選べばいいんですか?」
老人は静かに答えた。「君のように、すべての価値が同等であると信じる者は、いずれ選択の重みを感じなくなる。そして、決断する力を失ってしまうのだ。君が進むべき道を決めるためには、まず自分が何を求めているのか、何を信じているのかを明確にしなければならない。」
リサは老人の言葉に戸惑いながらも、何かが心に響くのを感じた。彼女はかつて、自分の価値観が揺るぎないものであると思っていた。しかし、森に迷い込む前、彼女はどこかで「すべての価値観は同等だ」と聞き、それを受け入れてしまった。その瞬間から、彼女の中の羅針盤は狂い始めたのだ。
「でも、もし全てが相対的なら、何も信じることができないんじゃないか?」リサはつぶやくように言った。
老人は頷いた。「その通りだ。もし君がすべての価値を同等に扱うなら、何も重要ではなくなる。そして、どの道も選ぶ価値がないように思えてしまうだろう。これが価値相対主義の最大の罠だ。人は自らの意思決定に自信を持てなくなり、どんな道を選んでも、最終的には自らを疑うようになる。」
リサは自分の内なる混乱を感じ始めた。彼女は今まで、自分が自由であると思っていたが、その自由は実は不安定な足元に立っていることに気づいた。全ての価値観を受け入れることで、彼女は選択する力を失ってしまったのだ。
老人は彼女の思いを見透かすように言った。「選択の自由は、すべてを選べるという意味ではない。それは、自分が何を信じ、何を大切にするかを知り、その上で最良の道を選ぶ力を持つということだ。価値相対主義は、その力を奪ってしまう。すべてが同じに見えるなら、どの道を選んでも君は迷子のままだ。」
リサは深く考えた。そして、彼女は気づいた。自分が何を信じ、何を求めているのかをはっきりさせなければ、この森から抜け出すことはできないのだと。
彼女はゆっくりと立ち上がり、目の前に広がる道を見つめた。すべてが同じに見える中で、彼女は自分の心の声に耳を傾けた。どこかで、確かに光るものが見える。それは、かすかでも確かな信念だった。
リサはその光を頼りに、一歩を踏み出した。そして、森の中で初めて、自分が進むべき道を選んだ瞬間だった。