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《小説》薔薇の慰め 3


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 外の眩しさにローズ翁は、葉先から茎に至るまで太陽光線の持つ優しさに触れたようように感じ、外の幸せをかみしめていた。男は荒い息を漏らしながら、ローズ翁たちを車のトランクの中に入れバタンと閉めてしまった。花として、こんな扱いを受けたことは今までに一度もなかったローズ翁は戸惑いを隠せなかった。光と空気が遮断された中で、車の振動が花たちの不安を助長させた。

「何のつもりなの、これならお店にいたほうが百倍マシよ」

「どうせ枯れてしまう運命なら、こんなわからないところでのたれ死にたくないね」

 どの花の声かは分からない状態で、ローズ翁も彼らと同じように小言を一言二言漏らすのだが、お互いが誰なのかも定かではない状態での会話はそう長く続くものではなかった。ローズ翁は、自分にとって光がどれほど大切な存在であるのかを思い知り、ショッピングモールから出た際に閃光を浴びた時点が、切り花という花にとっての第二の人生のラストなのかもしれない、と感じた。誰かに見られ、愛でられるというわけではなく、ただ太陽光の恩恵を受ける。自分自身が喜びを感じる、その一点に恍惚を見出した。

 そうこうしているうちに、車の振動が止み、何度か車の扉を開け閉めする音が響いたのち、トランクの中は再び静寂が訪れた。

 トランクが開かれ、花束を持ち上げられた時に花々はそれぞれ目を覚ました。既に日が暮れていた。ローズ翁含め、花たちはトランクの中で放置されている間に眠ってしまっていたのだ。街の光を背後にして見えた男の顔は、ショッピングモールで目にした際の表情と変わらず固く、ぎょろっと大きな黒目だけがウロウロと往復している。

 夜風は涼しく、空は電灯の光で明るかった。どこかの駐車場にいるらしい。男のそばで立ちすくんでいる人影があり、ローズ翁は、自分たちは贈り物になる花だということを瞬時に悟った。

「・・・でも、受け取れません。」

女の声がする。

「・・・いえ、あまり気になさらず、僕が勝手にしたくてしたことですから」

男がそう返し、半ば強引にローズ翁たちは女の胸の中に抱かれた。

「枯れてしまうのももったいないし」

男は続けてそう言う。

「お気持ち、ありがとうございます、でも、やっぱりこれは・・・」

「好みや趣味がわからなかったので、花が一番いいだろう、って。」

「綺麗ですね、そうですね、はい、綺麗です。わざわざありがとうございます。」

「突然で驚かれましたよね」

「ええ、まあ」

「それでは、今日はもう遅いですし。また、明日。」

 男はそう言うと、女の返事を待たずして立ち去った。女も自分の車に乗り込み、花束を助手席に横たわらせた。

 目まぐるしい一日だったな、ローズ翁はダリア嬢やまりちゃんのこと、ショッピングモールの音楽、光を遮られた車内、男と女の芳しくはないであろう会話を思い起こしながら、せめて誰かに綺麗ね、美しいわね、と心から言われたいと願った。

 しばらくすると、女は車を停めた。何を思ったのか、ダリア場が面白半分、妬ましさ半分で笑っていたラッピングを全て外し、花たちをまとめた輪ゴムだけにし、それ以外のものは細かくたたみ自分のカバンの中に入れた。花たちはまた女がたまたま持っていたのであろうビニールの袋の中に入れられた。

 他の薔薇は、少し怪訝そうな表情を浮かべたのをローズ翁は見逃さなかった。なぜ美しく整えられたラッピングをここで解くのか、ローズ翁は分からなかった。だが、心もとない気分もさることながら、本来の植物としての形に近しい形で彼女が扱ってくれることにローズ翁は若干の喜びを見出した。自分は、飾り物じゃないのだ、と。

「ただいま」

「お帰りなさい」

「お腹すいたな、」

「あら、お花?」

 幾人かの人間の声が混じり合う。ビニール袋の中を覗き込み、「あら、立派だね」と、別の女性が声高にそう言った。

「うん、人からもらってね。こんな大きな花束。花瓶、あるかなぁ。」

 ローズ翁は、生まれて初めて、人間の家の匂いを嗅いだ。それは、花や気とは別の、あらゆるものが混ざった匂いだ。四方から、別々の空気が漂っているのに、なぜか和んでいる。あぁ、これが人間の家なんだな、ローズ翁は思った。

〜続く〜

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