ヘミングロードの軌跡
ヘミングロードは作家である。
まだ20代初めの頃、戦争に行った。そして目の前で爆弾が破裂するのを見た。
大きな音がして目の前が光に包まれ真っ白になった。
その光の中に、彼はなにかを、いや、誰かを見たような気がした・・・。
次の瞬間気がつくと彼は医療テントの中のベッドに寝ていた。
彼の横には数台のベッドが並んでいてその上で負傷者が横になってうなされている。
光りを見たのは幻想だったのか?
外で爆発音がする中、看護師たちが忙しそうにベッドの合間を縫って動いているのを見て彼は起き上がろうとした。
しかし立つことができない。足を怪我していた。
一人の看護師が来て「寝ているように」といって彼をベッドに寝かした。
彼は悔しさの中動けないで数日間じっとベッドの上で過ごしたが、とうとう帰還の命令が出た。
仲間が戦っているのに一人帰るわけにいかない。しかし松葉づえをついてとぼとぼと帰るしかなかった。
故郷に戻ると彼は作家になった。戦っている仲間たちのために何かしたかった。そして戦争のない世の中と平和を訴える小説を書いた。
しかし売れなかった。世間はヘミングロードのかたくなな文章を受け入れなかった。
彼は数冊本を出したがそのどれもが失敗に終わった。その間に他の戦争体験者の作品が評判になり、その作家は文学賞をとった。
ヘミングロードは悔しかった。自分は戦友や仲間たちに対してなんの役にも立てないのか。
そして授賞式があった後、しばらくして戦争は終結した。
多くの犠牲者が出ていた。ヘミングロードは昼間からカフェに行き酒浸りになった。自分の無力を思い知った。
カフェに通いつめているとふと壁の絵に目が留まった。
そこには大海原で釣りをしている人物の絵があった。
ヘミングロードは子供の頃を思い出した。そういえば私は釣りが好きだった。海が好きだったんだ。
そう思ったヘミングロードは「老人と海とカジキ」という小説を書いた。
素直な気持ちで書いていて楽しかった。
そうしてそれが本になるとたちまちのうちに評判になった。
しかし彼はそのささやかな成功をよろこぶには傷が深すぎた。ヘミングロードは日本の映画作家を思い出した。
なにより平和を求めるには平和を描くことが必要だ。
そして自分自身が平和な心でいなければならない。
彼は南の島に思い切って旅に出た。
そしてそこが気に入って一人住み着いた。まるで「月と六ペンス」のゴーギャンのように。
老いたヘミングロードはもう恋なんかしないだろうと思っていた。しかし偶然出会った若く美しい島の女性と恋に落ちた。
彼女の両親も彼を歓迎した。ヘミングロードは島の人として認められたのだ。
そして彼はその島で彼女と一緒に過ごした。それ以降は島の人間しか彼のその後の人生を知らない。
しかしそれは幸せなものだったに違いない。
もちろん。
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