見出し画像

離婚道#1 前口上「三年飛ばず鳴かず」

 吉良きらまどか、53歳になったばかり。子なし。
 17年間専業主婦だったが、令和元(2019)年7月10日に家を出て、別居した。東京・西日暮里の家具付きワンルームの部屋に一人暮らしだ。
 別居後、弁護士を立てた協議では、双方の言い分がまるでかみ合わず、話し合いにもならなかった。
 第三者が仲立ちする調停では決着するだろうと希望的観測を持ったが、これも不調に終わった。
 そして現在、離婚裁判中である。
 日本ではいま、3組に1組の夫婦が離婚しているという。離婚する夫婦の約1割が協議でまとまらず、調停へ進み、さらにその1割程度が調停不成立で裁判に至るのだとか。
 つまり私は、離婚カップル100組に1組という割合の「協議」→「調停」→「裁判」という過酷なフルコースを進んでいる1人である。
 略歴を記そう。
 大学卒業後、中央新聞社に入社。文化部記者として自由に飛び回っていた中、取材先で年の離れた革新的な能楽プロデューサーに出会った。私はこの男を尊敬した。この男をサポートすることは、自分にしかできない仕事だとのぼせ上がった。33歳で仕事を手放して結婚。結婚後は、夫を支えるためだけの役割に徹した。
 それなのに、50歳を目前にして突然、私の存在が「不要」とされたのである。
 ――あぁ、人生最大級の挫折であった。
 
 さて、別居から3年、世の中は大きく動いた。
 コロナウィルスの蔓延で世界が一変し、東京オリンピックは1年延期の末にほぼ無観客という異例の開催となった。ロシアがウクライナに侵攻し、戦争が始まった。物価上昇と急速な円高、不安定な国際情勢、世界各地で流行の波を繰り返す変異ウィルス……。まさに激動の3年間だった。
 私はその間、社会から切り離された場所で、ひたすら「協議」→「調停」→「裁判」という険しい〝離婚道〟にとどまり、もがきながらもファイティングポーズを構え、「離婚問題が解決したら、書く仕事で第二の人生をはじめるんだ」と呪文のように念じ続けた。
 だが、裁判は2年を過ぎても一向に終わらない。見通しも立たない。
 社会的にはまるっきり〝鳴かず飛ばず〟の月日を過ごし、無駄に3年も貴重な年齢を重ねてしまったのである。
 わが心境をふとGoogle検索してみた。
「にっちもさっちもいかない」――窮地に追い込まれた時の自虐ワード検索である。
 すると、「二進も三進もいかない」と出た。
 そういえば、こういう字だったか……。なるほど、そろばん用語が語源のようだ。
「にっち」は「二進」、「さっち」は「三進」の音が変化したもの。二進とは2割る2、三進は3割る3のことで、ともに割り切れ、答えが1になり、計算ができることを意味する。そこから、2でも3でも割り切れないことを「二進も三進もいかない」と言うようになり、次第に「行き詰まってどうにもできないさま」を意味するようになったという。
 まさに立ち往生している今の私の状況。私の心は共鳴した。しかも勉強になった。
 さらなる救いを求め、こんどは「鳴かず飛ばず」「3年」と2ワード入力してみる。
 ……ん?
「三年飛ばず鳴かず」――?
 何の活躍もできないさまを表す「鳴かず飛ばず」とは別に、「三年飛ばず鳴かず」という馴染みのないことわざが飛び込んできたのである。調べると、中国の「史記」などに載っている故事が由来らしい。
「史記―滑稽伝」によれば、斉の威王に仕えた学士、淳于髠じゅんうこんが、何もしない威王を諫めるために「王さまの庭に大きな鳥がとまって、3年飛ばず鳴かずにいますが、あれはなんという鳥か知っていますか?」と問いかけたところ、王は「この鳥は、ひとたび飛べば天に突き上がり、ひとたび鳴けば人を驚かすだろう」と自分の考えを示したという。
 すなわち「三年飛ばず鳴かず」とは、「大いに活躍しようとして、じっと機会を待っているさま」の意なのだ。
 そうか、そうだったか……。
 
 どんなことも考え方ひとつである。
 私のこの3年間は、「鳴かず飛ばず」ではなく、「三年飛ばず鳴かず」の状態だったと考えたい。グーグル先生はそう教えてくれているのだ。
 それに、飛んだり鳴いたりしないでいるのも、3年が限度。うかうかしていると、人生をやり直せなくなってしまうではないか。もう、これ以上、無駄に年を取ることはできない。
 というわけで、53歳の「三年飛ばず鳴かず」の鳥は、裁判の終了を待たず、見切り発進して書き始めることにした。
 テーマは過酷な離婚道。人生を再起動するにあたり、結婚に失敗した自分自身を振り返るところから始めたい。あえて身を切ることで、気合いを入れて飛び上がり、大きく鳴いてみようと思うのである。
 大人になってからの女の生き方が、どれほど男に動かされ、転じてしまうのか。私のひとつの失敗例が、だれかの役に立つことを願いつつ。
 
 2022年7月吉日
 吉良まどか


第1章 離婚もっとずっと前

 失敗だらけの人生です
 風と共に去りぬ
 狭き門より入れ
 コケの一念岩をも通す
 人生の高度計

第2章 離婚ずっと前

 着物ファッションショー
 猩々
 夢幻泡影 その1
 夢幻泡影 その2
 主役降板
 親の意見は後薬
 脇役物語
 般若と小面
 大病・重病・後遺症
 子供のいない人生
 オウムよく言えども飛鳥を離れず

第3章 離婚前

 昼顔
 それでもワタシはやってない
 ただ悪より救いたまえ
 痴人の愛
 父よ母よ!
 後継者指名
 はちすの恋
 錯乱
 惜別
 父がトンボになった時

第4章 離婚へ

 桜とヒマワリ
 相談その1 モラハラと暴力
 相談その2 婚姻費用
 相談その3 別居計画
 X-ミッション
 家出のあと
 離婚歓迎
 弁護士は編集者の夢をみる

第5章 離婚裁判へ

 からくり珍協議
 調停コンピ攻防戦
 覚悟はいいか離婚道
 弁護士の居酒屋説法
 プロフェッショナル離婚弁護士
 離婚弁護士の離婚問題
 争点を読む

第6章 離婚後の人生へ

 ザ・ファーム 酒が豊富な法律事務所
 やっぱり反訴、必死の嘘八百
 喜楽! 弁護士の活発な活動
 法廷外にて「財産分与」係争中
 作家志望弁護士の手引き
 受難
 放念
 新しい人生


いいなと思ったら応援しよう!