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僕は君になりたい。 〜番外編〜 「天越秋馬のラブレター」
You can call me...
天越秋馬という若手俳優がいる。
「あまごえ しゅうま」と読むらしい。
歌を出したらしく、先日たまたま歌番組の収録で共演する機会があり、挨拶を交わした。
「いやー、今日はよろしくね。スター☆キャンドルのみなさん。やっぱ実物のほうがカワイイねぇ〜」
コイツは絶対、英語でSTAR☆CANDLEって書けないだろうと思うような、馬鹿っぽい声だった。
あんまり関わりたくないな、と思っていると、天越秋馬は僕の顔を覗き込んで言う。
「うん、やっぱ。琉唯ぴょんが1番ボクの好みなんだよなぁ〜」
だから、何なんだよ。キモいんだよ。
「…あ、ありがとうございます」
「付き合わない〜?」
「まだ子どもなので」
「そうなの〜? いくつ?」
「14です」
「そっかぁ、そうだよね〜。16歳までは無理だよねぇ」
セクハラだろ!!
足を踏んでやろうかと思ったが、そのとき後ろの列に座っていたあかりが若手俳優に話しかけた。
「わたし、もうすぐ16歳なんですよ」
「へ、へえ。そうなんだ」
「誘ってくれないんですかー? 天越さんの顔、メッチャ好みなんですけどー」
「ふ、ふーん。ありがとねー」
「アカリンて呼んでくださいね」
「お、おっけー」
なぜかタジタジと天越秋馬はかしこまる。
腕時計を見ると、そろそろリハが始まるが、なにそわそわしてるんだろう?
「アカリンのお姉さんて、石川すみれちゃんだよね? ドラマで共演したけど、美人だね〜。アカリンも負けてないけどさ」
「そうですかぁ? うれしいわぁ♡」
「ん、じゃ、また後でね。アカリン、琉唯ぴょん」
トイレに行くと言って、天越は席を立ち、スタジオを出て行った。
あかりが溜息を吐き、僕に小声で耳打ちする。
「琉唯ぴょん、気をつけてな。アイツ、お姉ちゃんにも言い寄ってきたらしいんやわ。お姉ちゃんは振ったんやけど、その後べつの若手女優さんにも手ェ出してたって話だから、ろくな男やない」
「はは…色男なんだ」
「そうなんや、そりゃ琉唯ぴょんは興味ないだろうけどな…無理やりキスとかしてくるかもしれんから一応な」
「そう、分かったよ」
あかりの姉に手を出してフラれたから、あかりを警戒して席を外したのか…。
リハーサルが始まった。
僕らは新曲『キラキラ・レイク・サイド』のテレビ初披露で、少し緊張していた。
「カワイイよ〜。琉唯ぴょーん! ザ・プリティーガール! サイコー!」
トイレから戻ってきた天越がうるさい。
歌が終わり、ラストのポーズを決めた後、僕らが息を弾ませて席に戻るとまた、興奮気味に叫ぶ。
「いや〜、めちゃくちゃ良かった。ダンスもキュートで、みんな上手で。琉唯ぴょんの声もすごくツヤがあってきれいでさ、ボクうっとりしちゃったよ〜」
さりげなさを装って、天越は何か小さく畳んだ紙を僕に渡した。
「後で見て。電話番号、ボクの」
はい?
なんですと?
☆
収録が終わり、事務所に戻った。
僕は洗面所で顔を洗い、拭いたタオルを首に掛け、ロッカールームで休んでいた。
すると、マネージャーの誠さんが僕の様子を伺いに入って来た。
「あ、これ、俺が預かっとくな。あとで上と相談して対処するから、お前、気にしなくていいぞ」
誠さんに例の紙を見せると、そう言ってそれを僕の手から受け取り、手帳の表紙の裏に挟み込んだ。
「あいつな、遊び人で有名なんだよ。無駄に顔がいいから喜んじゃう女の子もいてな、『新人女優殺し』とか言われて、方々の芸能事務所から煙たがられてんだよ。共演NGにしてる女優も多いらしい」
「いくつの人?」
僕が訊くと、誠さんは舌打ちをした。
「年か。25歳だと思う…俺と同級だから、余計気に障るんだよな」
「でも、オレが男だって見抜けないんじゃ、大したことない気がするけど…」
僕は洗顔して、素顔になっていたわけだが、誠さんは呆れたように首を横に振る。
「…お前もな。己が分かって無さすぎるぞ。何千人の男がお前に入れ込んでると思ってるんだよ。ひょっとしたら、万単位なんだぞ。本当は男のお前に」
「だってそりゃ、メイクばっちり決めてるからだよ。雪乃さんのお陰だって」
僕らのメイクを担当している敏腕スタイリスト雪乃さんのメイクは完璧だ。
「そりゃ、彼女はプロだからな…。そういうこと言ってるんじゃない! お前も天越と同類に成り得るって話をしてるんだ!」
「…魅力があるってこと?」
「そう!」
誠さんは少し怒っている。
さも、僕が鈍感だと言いたげだ。
「…そういえば、カオルンはオレのことどう思ってるんだろうなぁ。やっぱ年下なんか嫌かなぁ」
『あじさいガールズ』はメンバーの春日陽美が抜け、不安定な時期が続いていたが、誠さんによれば、ようやくトンネルを抜けて、再起動を始めているという。
僕の憧れのアイドル、黛薫ことカオルン。
彼女に会うために、僕は女装までしてオーディションを受けたのだ。
そして、見事に合格し、この事務所に入ったというのに。
なんで直に会えないのか、同じ事務所に入った意味がないほどに、不思議である。
社長や誠さんの差し金なのだろうかと疑うが、仕事に追われて、日々はあっという間に過ぎていく。
毎日でも会いたいのに…。
なんか、悔しい。
もったいない。
何やってるんだろ、僕は。
好きな人の近くにいるはずなんだけどな。
近くて、遠いってやつか…?
「あーヤバい。そうだよ、ここにもっと凄いのいたんだ。世の青少年・中年男はおろか、あの遊び人をも弄ぶ中学生。しかも男子! しかも、俺の担当!」
おでこを押さえ、大きく息を吐き出しながら、誠さんは「マネージャー室戻る」と言って僕のロッカールームから出て行った。
「今更じゃん、そんなの」
僕は世間をだましている。
でも、それは僕だけがだましてるわけではない。
この事務所全体でやっていることだ。
バレれば、終わりだ。
この事務所も、僕も、星キャンも。
あじさいガールズも…。
☆
天越秋馬が僕に寄越したメモ書き。
実は、もう1枚あった。
1枚は確かに電話番号の下に、
"You can call me."
と、小さく書かれた紙だった。
これは、誠さんに渡した。
もう1枚は、べつのことが細かな下手な字で書かれていた。
ボクの小さな妹、恵のために、キミのサイン色紙をもらえないだろうか?
メグは7歳になったばかりだが、現在小児がん病棟にいる。
あと、余命6ヶ月と言われている。
今度再手術をする。
今も一生懸命生きている妹がキミに夢中なんだ。
できれば、ボクと見舞いに来てほしいが、それはたぶん無理な相談だろう。
だから、色紙だけでいい。
この病院と名前に送ってほしい。
病院名と住所と妹の名前が、文の最後に記されていた。
天越の両親は共に一度離婚していた。天越自身は父親側の連れ子で、妹というのは母親側の連れ子のようだった。
その年の離れた幼い妹が、小児がんで入院しており、『月城琉唯』のファンだから励ましのサインを贈ってあげてほしいという手紙だ。
☆
僕の自宅からそれほど遠くない病院だった。
電車で20分もかからない。
駅からも近い。
天越の本名は、越野秋生。妹の名前は手紙のとおり、越野恵だ。
僕は受付で、テキトーな名前を書き、越野恵の個室を探した。
「メグちゃん」
7歳の少女は1人で絵本を読んでいた。
顔色は悪く、頬も痩せこけていたけれども、つぶらな目を瞬かせて、僕を見た。
薄黄色のパジャマには細かな星の模様が入っていて、ベッドサイドのテーブルの上には、三日月とウサギの絵のついた可愛いコップが置いてある。
「だぁれ?」
不思議そうに目を細め、僕を見つめる。
見知らぬ少年が突然声をかけてきたのだから当然だろう。
僕は一歩だけ中に入り「君に届け物だよ」と言って笑った。
「……琉唯ぴょん?」
僕はかすかに首を振る。
「違うよ、琉唯ぴょんじゃないよ。彼女の友達だよ」
「ウソだ。琉唯ぴょんだよ」
恵は読んでいた絵本を投げ出すようにして、ベッドから降りると、僕のほうに小走りに近づいてきた。
「あっ、あぶないよ。走っちゃ」
転びそうになった彼女を、僕は慌てて支えた。
「琉唯ぴょん、だよね?」
「違うよ。男だもん」
「だって、琉唯ぴょんは、男の子でしょ?」
シレッと言ってくれる。
僕は冷や汗をかきながら、恵のおかっぱのカツラを撫でた。
「…あはは。そうなんだ、じゃ、メグちゃんはそう呼んでもいいよ」
「うん!」
病人とは思えないほど力強く彼女は頷き、僕の手に触れた。
僕は持ってきたサイン色紙を紙袋から出して彼女に見せた。
「メグちゃんへ、琉唯ぴょんからのプレゼント。応援いつもありがとう!手術がんばれ!って…書いてるよ」
「わーい♪ ありがとう、琉唯ぴょん」
恵に抱きつかれ、僕はちょっとだけ照れて、苦笑いする。
「秋お兄ちゃんが言ってくれたんだよね? 琉唯ぴょんに!」
「ああ、そうだよ」
「お兄ちゃん、優しくてカッコいいよね?」
「…うん。まあね」
「メグはね、秋お兄ちゃんが1番好きで、琉唯ぴょんは2番目なの。だって、やっぱりお兄ちゃんだから! でも、お兄ちゃん以外なら琉唯ぴょんが1番だよ」
「ありがとう。うれしいよ…」
気がつけば、僕は彼女を偽るのを完全に止めていた。
僕は、榊原流伊であるけれども、月城琉唯でもある。
二重人格でも何でもない。
演じているだけだ。
恵の兄、天越秋馬と同じ《役者》なのだ。
「メグちゃんは、最初から琉唯ぴょんが男の子だと思ってたの?」
「うふ、メグだけは分かったんだ。秋お兄ちゃんはそんなわけないって笑ってたけど」
大人は思い込みにだまされる、または空気を読み過ぎて思いのままの意見を言わない。
が、世間を知らない子どもには、自分の直感だけしかない。
…『はだかの王様』の原理だ。
そして、さながら僕は『はだかの王様』というわけだ。
気づいているヤツもいる。
でも、言わない。言えないのだ。
何千人もの琉唯ファンを敵に回すことになるからだ。
月城琉唯はその均衡の狭間に立っているのだろう。
「なら、女の格好して、変な子だなって思わなかったの?」
僕の質問に、間髪入れずに答える。
「だって、似合ってるんだよ? 男の子なのに。それってすごいじゃん! だから、メグはファンになったんだぁ〜♡」
サイン色紙を抱きしめて、恵はうっとりと僕を見る。
「あとね、琉唯ぴょんにお願い。…お兄ちゃんのお友達になって下さい! お兄ちゃんお友達いないから、心配なの」
病気の妹に心配されてていいのか?
秋お兄ちゃん。
僕は彼女のダメ兄貴のことを思い出すが、それよりも、重大な約束を取りつけなければならなかった。
「…約束の交換だよ。僕が月城琉唯だってことは、メグちゃんと僕だけの秘密にしてくれないかな?」
「なんで?」
「琉唯ぴょんが、女の子だと思ってるたくさんのファンが悲しむからだよ」
「…そっか。わかった」
カツラが揺れるほど大きく彼女は頷き、小指を差し出す。僕はその彼女の細い指に自分の小指を絡める。
「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます。ゆびきった」
古い呪文を知っている。
僕も祖母に教えてもらった言葉だ。
きっとこの子も…。
「これね、秋お兄ちゃんがおばあちゃんから聞いたおまじないなんだって。今度メグまた手術することになったから、がんばる約束したんだ。秋お兄ちゃんは、琉唯ぴょんのサイン約束して、守ってくれたから、メグがんばらないといけないの」
「そうか、がんばってね。そのうち星キャンのコンサートも観に来てよ」
「うん。ありがとう、琉唯ぴょん♡」
そう言って、恵はまた微笑み、僕に抱きついてきた。
今度は、少し息苦しそうだった。
僕は彼女を抱っこしてベッドまで運び、黄色の毛布と白い布団をかけてあげた。
☆
後日、僕は天越秋馬が出演しているドラマのロケを見に行った。
月城琉唯としてではなく、完全にプライベートでだ。
近所のサッカー場跡地にできた芝生のある広い公園で、イチョウの葉も濃く色づき始めていた。
久々の日曜オフで、ゴロゴロしてようかとも思っていたが、その噂を聞きつけ、散歩がてら足を運ぶことにしたのだ。
僕は黒いキャップ帽をかぶり、グレーのパーカーにジーンズ、白いスニーカーというラフな服装だった。休みの日は黄色いものは一切身につけないことにしている。そうしないと休んでいる気がしないからだ。
「天越さーん!」
僕は手を振って叫んだ。
休憩中、紙コップのコーヒーを熱そうにすすっていた天越がちらりと顔を上げる。
確かに「顔はいい」と思った。
怪訝そうな視線を投げていたが、手を振り続ける僕に興味を抱いたらしく近づいてきた。
「友達になってくれませんか?」
「え? 友達?」
「ええ、メグちゃんと病院で指切りげんまんしたので。あなたと友達になると」
「え、メグと?」
僕は目深に被っていた帽子を取って、彼の目を見つめた。
「まさか、キミって…本当に」
僕は彼に1枚のメモを手渡した。
「他言無用です。針千本飲ませますよ?」
僕はちょっとだけ微笑み、また帽子を被り直すと、握手を求めた。
「これで、僕らは友達ですよね?」
天越秋馬はおずおずと彼らしくないぎこちなさで、僕の手を握った。少し震えていた。
「じゃ、また。ファンサービス、ありがとうございます。あと、お見舞い誘って下さい。予定が合えば行きますよ」
僕は一礼すると、軽く手を振りながら、彼に背を向けて、ゆっくりと立ち去った。
イチョウの葉群れを黄色く染める秋風が、清らかに冷たく、僕の頬をついでに撫でて通り過ぎる。
メモの中身は、僕の電話番号と一文だけ。
" You can call me , my friend. "
たとえ、連絡は来なくとも、
これで約束は守ったことになるよね?
ね、メグちゃん?
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