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僕は君になりたい。 第28話「14歳のハート 新年早々、僕の三角関係って」
#28
年が明けた。
近所の「邑木八幡神社」に初詣した。
大きくはないが、この辺りの神社といえばこの神社で、昔から「むらきさん」と呼ばれ、親しまれていた。
僕と高柳は、それぞれ親に頼まれて持参した去年の御札や御守をお焚き上げ所に預けてから、参拝の列に並んだ。
まだ午前中だったが、もう100人は下らないであろう参拝者が列を成していた。
「…普段はだれもいなくてしーんとしてんのに、やっぱ、正月だな。すげえ人の数!」
高柳がため息と共につぶやく。
「オレらもその一員だろ」
そうは言ったものの、僕も苦笑を禁じえず、たくさんの不信心者の「今日だけ神頼み」の列を眺めた。
そういえば、僕らの公民館でのデビューコンサートの観客もこのくらいだったかもしれない。考えてみれば、これだけの人が興味本位とはいえ集まったわけだから、デビューとしては上出来だったと思う。
ステージからは空席がチラホラ見えて、少しがっかりしていたが、あの公民館ホールは確か300人収容できる。
社長としては、当然空席もあると覚悟のうえだったろう。
それでも、あの公民館でデビューコンサートをしたいと言った僕の希望を叶えてくれた。
…僕は、そうした社長の期待に十分に応えられているのだろうか…。
「なあ。流伊」
「ん?」
「お前さ、アカリンにも初詣、誘われたって言ってたよな?」
「あ、ああ。そうだけど…」
「もしかして、だけどさ」
「なんだよ」
「…アカリンも、お前のこと好きなんじゃね?」
「へっ?」
何を言われているのか、僕はすぐに理解できなかった。
「心当たりないか? ま、お前、鈍感だからあっても気づいてないって可能性もあるけど」
僕は記憶をたぐってみた。
すぐには、思い当たる記憶はなかった。
あ…でも、もしかして…あれは、そうか?
「…違うと思うんだけど、突然『ハグしてもいいかな?』って言われて、2人だけのときハグしたことはあったな。でも…メンバー同士のキズナを深めるためだって言ってたぞ?」
「…アホか! それは照れ隠しの口実だよ! 思いっきりお前に好意あるじゃんか」
「そ、そうなのか…?」
「そうだよ、流伊。この恋愛ド音痴アイド…じゃなくて…ガリ勉! どんだけ天然なんだよ!」
オレ…天然?
天然だから、気づかなかったってこと?
え?
あかりって、僕のこと「好き」なの?
年上で、美人で、いつもあの大きな瞳をキラキラさせている…あの陽気なあかりが?
釣り合わないと思うが…。
「でもさ、アヤちゃんもお前を好きだろ? 実は両想いだけど…となると、大変だな、これから」
「なんで?」
「だってよ、三角関係じゃん。それ」
「三角関係…えぇっ⁈」
さすがの僕も『三角関係』という言葉の意味は知っていた。
「お前、2人の女の“獲物”じゃん?」
高柳が意地悪な目つきで笑う。
「いや、あかりは違うだろ。恋愛感情じゃないと思うけどな」
「いーや、完全に恋愛感情だろ」
そんな俗な話をしていると、参拝の順番が回ってきた。賽銭を投げ、両手を2度打ち、一礼して挨拶と願い事を早口で念じる。
…今年一年、平和で充実した良い一年になりますように。皆と共に健康でいられますように…。
横では高柳が小さな声を出して拝んでいる。
「今年は、星キャンのライブにたくさん行けますように…」
わざわざ神に祈るようなことじゃないし…それ、わざと僕に聞かせようとしてるだろ?
僕は、素直に「オレに頼めよ」と、思った。
☆
翌日、美咲から写メが送られてきた。
星キャンの女子3人。
初詣に行き、鳥居の前で社殿を遠くに入れての自撮り写真だった。
真ん中に美咲を挟んで両側に満面の笑顔を浮かべたあかりとピースサインをした綾香が写っている。こうして見ると、何の違和感もなく仲良しな友達3人組に見える。
だが、その実は…僕を巡る三角関係?
「僕を巡る」って…いいのか、おい!
いや、気にしちゃダメだ。
母の言うように、そっとしておこう…。
でも、そうすると僕は綾香にも告白できないということだよな?
綾香の言うとおり、明日からも昨日までと同じ感じの態度でいろということだよな?
僕の気持ちは?
宙ぶらりんのままにさせておけと?
え? え?
僕の気持ちは?
…どうなるの?
明後日から仕事が始まる。
3人と顔を合わせる。
美咲に相談?
いやいや…彼女だって困るだろう。
誠さんに相談?
いやいや…大ごとにしたくない。
彼に話せば、社長の耳にも届く可能性もある。
僕が独り、部屋でもんもんとしていると、不意に隣の姉の部屋から、姉の「わーっ!」という大きな声が聞こえた。
驚いて、廊下に出てみると、既に母が姉の部屋に入って行って何か話していた。どうも宥めているような口ぶりだ。
「別れたくない、別れたくないー!!」
姉が叫んでいる。
泣いている、ようだった。
あの現役医大生の超インテリ姉貴が、冷静さを欠いて泣きわめく様子など全く想像できなかったが、実際姉は「オモチャ買ってよ」と泣く子どもよりも大声でわんわん泣いている。
意外過ぎる姉の一面に、僕は心臓が激しく打つのを感じた。
父は仕事で留守だ。
かすかに開いたドアの隙間から、恐る恐る覗くと、母の胸にすがりついて目鼻を真っ赤にし、大粒の涙をこぼしている姉がいた。
母は僕の視線に気づいて、苦笑いをしながら、姉の背中を撫でてやっていた。
僕は、自分の部屋に戻った。
何があったのか、幼稚で鈍感な僕であっても分かる。
姉は、付き合っていた恋人に別れを告げられた。
「別れたくない」姉の想いは無下にされた。
どんな男なのかは知らない。
しかし、正月早々女を振るなんて、デリカシーがない。
明後日から仕事が始まる。
3人と顔を合わせる。
やはり、僕は自分の気持ちを押し殺して、乗り切らなければならないのかもしれない。
ベッドに寝転んで、僕は美咲の写メに返信した。
ーーいいね。ありがとう。
何か付け加えようかとも思ったが、下手な言葉は選べないと思い、それだけで返した。
姉は、まだ泣いている。
なんとも言えない、新年の幕開けだ。
☆
「琉唯〜! 明けましておめでとう!」
いきなり背中をポンと叩かれて、振り返ると美咲が着物を着て立っている。
「あんた早く、雪乃さんとこ行きな! 蝶々プロ恒例の晴れ着姿の『新春写真撮影会』だよ! 私たちは自前の着物をスタッフに手伝ってもらって着付けしたけどさ、あんたはそうはいかないじゃん? 社長があんたのために高価な着物を準備してて、雪乃さんもあんたが来るのを今か今かと待ち構えてるよ」
「その話、マジだったんだ…」
「冗談だと思ってたの?」
「いや…だって、オレは」
「社長と雪乃さんのために着てやんな!」
そう言ってまた美咲は、僕の背中をポンポン叩く。
彼女は青地に蝶や牡丹の描かれた着物だったが、とてもよく似合っていた。
「その着物、いいね。似合ってる」
「…ま、そ、そうだろ?」
なぜか照れている。
照れるほどのこと言ってないのに。
僕は、美咲に促され、メイク室に向かった。
話のとおり、雪乃さんが手ぐすねを引いて待っていた。
早速、僕は腕を掴まれ、鏡の前に立たされる。
まるで、“まな板の上の鯉”になった気分だ。
「さあ、始めるわよ!」
腕まくりした雪乃さんのなすがまま、僕は抵抗する間もなく『お正月晴れ着姿の月城琉唯』に料理された…。
視線を感じる。
ゾワ〜っとして、振り返ると、見たことのある写真家がそこにいて、舌舐めずりしている。
なんというか、早く撮りまくりたいという欲望が滲み出ている。
「あ、明けましておめでとうございます」
「おめでとう、琉唯ちゃん。ステキ♡ 早くオジサンに撮らせて〜」
「あ、いやその、まだ…」
な、なんで…ここにいるんだよ! あんた!
まだ、美咲としか会ってないし、卒業するから写真集を出すって話なんか当然してないのに!
「驚いた? 今日はね、ボランティア。キミ以外にも、今日来てるほかのグループの子たち全員撮ってあげるつもり」
「あ、そ、そうなんですか…」
「でも、やっぱりイイ! キミはピカイチ輝いてる! さすがここのエースアイドルね」
「はあ」
僕が気のない返事をしていると、周囲が何だか騒がしくなってきた。
有名写真家の『柳生至成』が、こんな有名じゃない芸能事務所に年頭から姿を見せているなんて尋常ではない。
何事かと思うだろう。
…だから!
なんで、来るんだよ。
怪しまれるに決まってるだろっ!
「ヤッホー、みんな。ボクはね、実は…真美子社長の小学校の同級生なの。そのご縁で、今回はお邪魔してるんだー。なかなかスケジュール合わなかったんだけど、今年は偶然! 空いてたんだよね。だから、みんな、今日は張り切ってボクに最高の笑顔を撮らせてね!」
相変わらず、派手な赤いアロハシャツを着て、1人で大汗をかいている。
色めき立つ和服姿の女子たちにギョロ目をむいて笑いかけ、手を振る。
「みんな、順番に必ず撮るから待っててね。最初は、この後すぐ仕事だっていうから、悪いんだけど『STAR☆CANDLE』の子たちから撮らせてもらうね〜♡」
そう言って、僕に向かってウィンクする。
僕は内心ヒヤヒヤして「やめろよ!」との怒りを引きつった苦笑でごまかした。
撮影は、事務所の入口玄関前で、1人ずつと全員でと、最後に社長も入っての写真を撮るという。
美咲は、青地に蝶や牡丹の鮮やかな着物に黒い帯と赤い帯締と帯揚。
あかりは、白地に桜と手毬などの華やかな着物にオレンジ色の帯。白銀の帯締と帯揚。
綾香は、赤地に鶴、梅、扇子の艶やかな着物に黒地に鶴の刺繍の入った帯。それにピンクの帯締と帯揚。
皆んな、よく似合っている。
甲乙つけ難い。
だが、やはり僕の目は、自然と赤い着物姿に向いてしまう。
カ、カワイイ…。
思わず、じっと眺めてしまった。
…が、僕はその彼女に褒められる。
「琉唯ぴょん、カッコかわいい! 黒地に金粉と菊紋様の着物なんて! 着こなしてるぅ〜!」
そんなの僕ではなく、雪乃さんを褒めろよ。
そう言いたいのをグッと堪え…
僕は、優雅に微笑んでみせた。