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1番目アタール、アタール・プリジオス(41)再びの朝




 *




朝陽が、顔に降り注いでいる…。


瞳が、また異様な光を湛え、おぞましい青色に輝いているのが分かる。

大きく息を吐き出した彼の顔を、一緒のベッドで寝ているパルムが上から覗き込む。


「ア、アーリェ…ど、どうしたの?」


「ああ、パルムさん…」


パルムの無垢でつぶらな目を見つめ返して、アリエルは呟いた。



「何でもないよ。いつものこと。自分が嫌になっただけ…」


「な、な…なんで?」



包帯でぐるぐる巻かれた右腕を自分の額の上に載せ、目の上に影を作る。


「…朝の光が、怖いなんてさ。お化けと一緒じゃん」



パルムが返答に困って黙っていると、アリエルは「ごめんね」と言って笑う。



「…ねえ、パルムさん」


息を吐き出す。


「俺ね、自分じゃない者になりたくてさ…はは、困るよね、急にこんなこと言われても。
でもね、ほんとにね、俺はあなたの一部になって、あなたの内であなたを支えて、あなたとあなたの人生を静かに生きていけたらいいななんて、本気で思ってるんだ。
俺の意思なんかどうだっていい。
あなたの人生を生きたい。
あなたのきれいな心に添った、俺でない自分の…。
はは、よく分からないよね…」


「…だ、だめ、だよ。そんな。アーリェには、アーリェの…」



「分かってる。分かってるさ…ごめんね、いつも変なこと言って。甘えてるんだ、俺。パルムさん…優しいから」


そう言って、アリエルはパルムの身体に自分の身体を密着させ、パルムの少し伸びた頬髭に顔をすり寄せる。


「…アーリェ?」


「今だけ許して…。俺、“独り”、だと感じるとね、なんか足りなくて…寒気がしてね、耳奥からグワーッと何か強烈な凶々しいものに襲われるんだ…だから、怖くてね、大好きなあなたと一心一体になれば耐えられるかなって。
はは…まったくどうしようもない奴だね、鬱陶しいよね…でも、今だけ。寄り添わせて…。ね…これ以上、何も、しないから…」


パルムは黙っていた。
黙って、彼の唇を軽く吸った。


アリエルの特殊な眼は、閉じた目蓋の上からも朝陽に星のように青く光を透かしていた。




 *




開場の時間が迫り、一行は『オルゴールを鳴らせ』の巨大オルゴールがある村長の蔵の展示会場に向かった。

雪は降りそうで、降らない。
曇天が続く中にも、うっすらと太陽が真珠玉の影のようにその存在を示している。


冷たい空気が覆う。
暖炉はあるが、火の前にまで寄らなければ暖かく感じない。

オルゴールはというと…
その暖炉から離れた場所に置かれていた。


凍える、寒さだった。


アリエルは、オルゴールのぜんまいが日陰にあることを確かめると、目深に被っていたマントのフードを剥いだ。
ロエーヌが彼の左手の包帯の巻き具合を確かめる。きつ過ぎても鬱血してしまうし、ぜんまいも持ちにくいだろうから、適度に緩める。
とりあえず、昨夜のうちに血を拭い、潰れたマメには軟膏を塗っておいた。剥がれた爪や割れた爪もアルコールで消毒をして端切れを巻き付けて固定した。それ以上の処置はできない。
本当は、数日動かさないで安静にしていなければならないところだが、展示が終わってしまうというだけでなく、そんな気長にこの村に長居してもいられなかった。

先日の、ディアル・ノボー・デック聖司祭のアリエルへの投石事件のこともある。

そろそろ出立したい。

だが、恐らくこの『オルゴールを鳴らせ』のオルゴールを鳴らす作業を最後までやり切らないことには、アリエルもだが、師匠アタール・プリジオスも出立に「うん」とは言わないだろうことは、彼女にも分かっていた。


「どうか、無理しすぎないようにして下さいね…」


右手のほうは緩みすぎていたので巻き直しつつ、ロエーヌは言った。


「ありがとう。でも、きっと鳴らせるよ。今度はシェルフィさんも手を貸してくれるからね…姉さんも聞きたいでしょ? このオルゴールの音色を」


「ええ…。でも、あなたの身体のほうが大切です」


「はは。心配性だな」


「…朝の光のこともあります。気をつけて下さい」


「ああ。…気をつけるよ」



彼は伏し目がちに頷き、苦笑する。



「さあ、始めようか…時間がないからね。シェルフィさん、パルムさん、よろしくね」



彼の声がけに、シェルフィ・サーキはぎこちなく一歩前に出る。あまり自信がないのだろう。それでも決心してくれた。



「俺とパルムさんは、この上側と外側を片手ずつ一緒に持つから、あなたは下側を両手で持って回してほしい。よろしくお願いします」


アリエルは、彼女に深く頭を下げた。


「分かった。でも、あんまり期待しないでよね…」


シェルフィは呟くように言う。


「大丈夫、できる範囲でいいよ」



本来、妖精にぜんまいを直に持って巻くことを許されたのはアリエルだけだという。
パルムは彼の手に大きな手を添えて力を貸すことしかできない。
ただし、例外でアリエルと生年月日が全く同じ者ならば、ぜんまいを直に持って手伝っても良いと言われたという。


それが、偶然にも居合わせたシェルフィだった。

“奇蹟”といってもいいだろう。


「じゃ、行くよ。せーの!」



重いぜんまいを巻く。



アリエルはまだ手に痛みが残っている。
時折、痛そうに顔を歪め、声を殺して唸っている。
パルムが彼の手首の辺りを掴んで補助しているが、本人の掴み方が痛みで甘くなっているので、思うように回せない。


当然だと思う。
昨日、2時間以上も一心に、回し続けたのだ。


でも、諦めない。
この男は、諦めようとしなかった。


手を貸したかったわけではない。


オルゴールの音色を聞きたかっただけだ、とシェルフィは自分に言い聞かせる。


「こら! ちゃんと掴みな! 握りが甘い! やる気あんのか!」


アリエルを叱咤しながら、シェルフィは力を込める。全体重をかけて押し回す。


…まったく、なんて重くて固いぜんまいだろう。


5回ほど巻いただけでもう息が切れた。

だが、あと11回も巻かなくてはならないのだ。



気が遠くなる。



すると、気がおかしい男が笑った。


「…はは。ありがとう、シェル。なんか…やっと本気の本気が出てきた気がする!」


「馬鹿野郎! 最初から、本気の本気、出せよ!」



勝手に呼びつけにするな、と思いながら、彼女もまた歯を食いしばる。

そうやって、なんとか6回目を巻き終えた。














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