1番目アタール、アタール・プリジオス(4)僧侶
*
レミールは目を見開く。
蒼い、聖なる瞳の色の美女…。
こんな辺鄙な寺に何故いる?
「……レミールさん? 私に何か御用でしょうか?」
「あ、いや…ちょっと追われてまして。匿ってもらいたいんですけど」
レミールの言葉に僧侶はかすかに首を傾げて、彼を上から下までじろじろ舐めるように眺めてから言った。
「私にですか? それともこの寺院に?」
「は?」
「どちらに匿ってもらいたいのですか」
「…えっとー、たぶん、ガロさんです」
「そうですか。分かりました」
ガロは頷くと、彼を中に引き入れた。
寺院の聖堂は広かった。
しかし、がらんとして誰もいない。
礼拝のための長椅子が左右に十列以上置かれているが、それもところどころが朽ちていて、修復されていなかった。
中央の道の到着点には、御本尊『時の神レッカスール』が祀られている。
今にも死にそうに痩せこけた老爺の、粗末な着衣に杖をついた神像だ。
ガロは「少しお待ちください。主へ祈りを」と言い、ひざまずくと両手を組んで祈り始めた。
レミールは彼女に倣い、床に片膝をついて頭だけ下げる。
僧侶の祈りは長かったが彼は文句も言わず、それが終わるのを待った。
「お祈りは終わりました。では、まず私から一つだけ先に質問させてください」
蒼い目の僧侶はゆっくり振り返ると、彼に椅子に座るよう促してから、そう言った。
ここまで来た事情を聞くのだろうと思って、少し身構えていると、ガロは言った。
「なぜ、貴方は身を窶しておられるのですか?」
「え…?」
「お答えください。そうでなければ、この卑しき身を御身に捧げることはできかねます」
「あの…なに、言ってるの? 俺は、レミール・マジガといって、占い稼業をしていた師匠の犯罪のとばっちりで南のキーケン市からここまで徹夜で…」
「追われて逃げていらしたことは伺いました。そのことはどうでもいいのです。私が知りたいのは、貴方の本当のご身分です。察しますに、《神王家》の御方でいらっしゃいますかと…」
女は、顔をグイッと彼に迫らせる。
清潔な石鹸のような匂いがした。両肩に垂らした銀色の巻毛が陽射しに輝く。
「…《神王家》? あはは。なに、それ?」
レミールが鼻で笑ったときだった。
懐中の物体が、レミールが気づくより早く異様な光を発して飛び出した。
暗い聖堂に、煌々と光が満ちる。
『水晶玉』が空中を浮遊し、彼らを照らす。
「おーい、勝手に出てくるなよー」
弟子が文句を言うのなどお構いなしに、師匠の『水晶玉』はまたビカビカと光を踊り狂わせると、再び少年の姿『幽体』に変わって、レミールの前に降り立つ。
「その姿になる頻度って、わりと高いんだな…有り難みねぇーの!」
「たまたまだ」
師匠は憮然と弟子をたしなめる。
「ガロ、久しいな。まだ僧侶などをやっておるのか」
「これは、アタール・プリジオス様。あなたこそ、まだ弟子取りをなさっていたのですか?」
「えっとー。…見えるの? この人」
「はい。私は197番目アタールですので」
「…モーロの前の弟子だ」
「ええー! そうだったのー? あの爺さんより前なのー?」
「それより」
驚く199番目アタール、に1番目アタール、は言った。
「レミエラス・ブラグシャッド・アペルよ」
「…あ、はい」
「ガロは、特殊な眼力を持っておってな。人の嘘を見抜くことができる。ゆえ、今のうちにすべてを打ち明けておいたほうが良いぞ。私がいる限り、悪いようにはせぬ」
「お待ちください、お師匠さま。…今『アペル』とおっしゃいましたね? アペル家は3つの《神王家》の一角を担う名家。ですが、先ごろ、こんな噂を耳にしました」
くるんとした巻毛を揺らして、蒼い目を瞬かせた美しい僧侶の女は、神妙な表情で話し始めた。
「先年行われる予定だった9年に一度の『贄の儀式』の際、その身命を主神に御献上するはずだった『贄人』の少年が儀式の直前に脱走してしまい、儀式が執り行えなくなってしまったそうです。その大失態のために今回の儀式を主宰したアペル家は《神王家》の地位を剥奪され、現在没落の一途を辿っていると。その『贄人』の少年は未だ見つかっておらず、捜索が続けられていると聞いています…もしや、貴方はその『贄人』の方なのではないかと」
「はは…。やっぱり、知ってんだ。その話。あんた《神王家》のどこかと縁があるんだろ? その目の色は『祝福の蒼』っていってさ、聖血の証でさ。《神王家》の人間に多いんだよね」
レミールは立ち上がると、日陰から日が差す場所まで行って立ち止まり、彼女に背を向けたまま、わざとらしく笑った。
ガロは沈黙したまま彼の次の言葉を待っていた。
「…俺はさ、その中でも更に稀有な尊い目を持ってるんだ。知ってる?」
「聞いたことはあります。見たことはありませんが…『旭光の蒼星眼』でしたか。朝の光の中でだけ、青い蛍のように光る瞳でしたよね? 普段はべつの色味の目だという」
「そうだよ。確かめる?」
まだ、午前中であったため日光の勢いは増している最中だった。レミールはその明るい日向の内に、しっかりと立っていた。
ゆっくりと振り返り、僧侶と幽体姿の師の目を見つめる。
「おお…なんと神秘な」
ガロが密やかな感嘆を漏らす。
濃い栗色だったレミールの双眸が…。
日影に佇むガロ司祭とアタール・プリジオス博士からは、青白く発光しているように見えた。