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1番目アタール、アタール・プリジオス(9)聖剣



 *


男の名は、パルム・ラビト。

口が利けないという、この大きな太った男の赤茶色の短髪は、アリエルの変えた髪色と似通う。僧侶ガロによると、年は恐らく27歳であろうという。
まだ若いものの、喋れないという障害から、世間から見放されてこの寺院にたどり着いたらしい。

こんな茶目っ気のある愛らしい人なのに、だれにも相手にされなくなってしまったのだ。

どんなにか、落ち込んだことだろう。

その謎の高熱病に罹ったのは、14歳か15歳で、同じ年に流行った疫病によりまだ5歳ほどだった弟と両親を失った。


孤独。


ほんの少しだけ、自分に似ているとアリエルは思った。


『旭光の蒼星眼』などという奇異な目を持って生まれた為に、隔離され、誰とも親交を深められずに育った。

物心つく前に死んだ両親は顔さえ知らない。


孤独。


仕舞いには、一族こぞって『贄の儀式』で彼を『贄人』…神に身命を捧げる最上級の聖人…に、何の躊躇いもなく祭り上げるような差別的環境。


「訳あって髪型と髪色を変えたことは、伝えておりましたが、随分と貴方を愛しく感じているようですね…」


僧侶は呟く。


よく礼拝に来る夫婦の赤ん坊や幼児もよく抱くがここまでではないという。


「はは…きっと、何か重なるものを感じるんだよ。ねえ? パルムさん」


彼が傍らに立つ男の顔を見上げると、男は丸い大きな顔を破顔して頷いた。




「アリエルさん。私の剣をお見せしましょう。ちょっと、こちらへ宜しいですか?」

ロエール・オットーの顔になった彼女に着いて薄暗い廊下に出た。
建物の奥へひたひたと進んでいくと、突き当たり正面に精緻な木彫りの扉があった。
鍵を差し込んで開けると、がらんと狭い空間の中央にある台の上に、細長い鉄製の小さな棺のような箱が置かれ、その箱の中に細身の剣が直に入れてあった。


「これが、聖剣?」

「はい。『時空』です」

「錆びてるけど…」


柄と鞘が赤く錆びて、ぼろぼろに見える。


「大丈夫です。これが『時空』の普段の姿なのです」


いつも控えめな彼女が少し自慢げにそう言い、『時空』の柄を掴む。


まだ、錆びついている…。


が。


彼女が、鞘を払い、剣を抜いた瞬間、


狭い空間に、眩しい光の矢が四方に解き放たれ、刀身が金剛石のようにギラッと輝いた。

持ち手の柄も、新品さながらの様子だ。


「この剣は『時の神レッカスール』の守り刀です。相手を油断させる為、普段は錆びて使えぬふうな姿ですが、敵に接して抜き身になった時は、このように光り輝き、鉄をも切り刻む凄まじい剣勢です。
また文字通り『時空を操る剣』とも言われておりますが、そこはまだ未知数です。
…聖剣は己れの主を己れで選びます。鞘を抜けるか抜けないかが、まず基準となります。私は現在唯一『時空』の鞘を抜いた者、聖剣に選ばれた者、ということになっています」


「…へえ、すごいね! すごいけど、最近、なんか眩しいものばっかり見てるなぁ」


アリエルは眼鏡の上から目を覆った。
その指の隙間から、光を放つ『時空』を見て呟く。


「ふふ。『水晶玉』に続けてですか?」


「そうだよ。あれも急にビカーッと光ってさ。これはギラギラーッと。ほんと驚かされてばっかりでさ。驚く側の身にもなってよ…もう、心臓が大変なんだから…」


「ですが、アリエルさん。貴方とて、私たちを驚かせていますよ?」


「…え?」


「貴方の目の光こそ、人智を超えた神秘の眩しさに溢れているのでは?」


そう、彼女は柔らかく言ったのだが。

彼の眼差しは、途端に洞穴のように暗くなった。

「……俺の、目…か」



空気中の灰色の濃度が急激に上がり、真っ黒い大きな塊のような重い重い“闇”がどこからか落ちてきた。



「…ああ。忌まわしいなぁ」




アリエルは、低くうめくような声でそう吐き捨てた。


重苦しい息の音。


それまでの会話とは、明らかに違う温度。


そして、暗く鬱鬱と底を這う、怨念。


ガロは『時空』を鞘に戻した。
聖なる剣は、古く錆びついた元の姿に戻った。
彼女はそれを部屋から持ってきた黒い布袋の中に素早く入れ、腰の剣士用のベルトに装着した。


彼女は、その場でひざまずく。


「…お気に障られましたか。申し訳ございません」


頭を垂れる。


「…ガロさんのせいじゃない。気にしないで。俺のこの目玉のせいだから」


彼の口調だが、雪が降りしきる夜明け前のように冷え切った声だ。

だれの侵入も許さない北限の魔城の幾重にも施錠した凍れる門扉のように頑なに氷結した心。



ガロは、腰の剣が震えているのを感じた。


聖剣が震える? 


いや、聖剣だからこそ、震えるのか?


…いずれにしても、初めてのことだ。


アリエルは眼鏡を外し、目を閉じると、目蓋の上から、自分の2つの眼球を指で押さえた。


「…潰したいんだよね、本当は。でも、いつも跳ね返されてしまう。決心が出来てないからなのか、やり方が駄目なのか、また別の理由からなのか、よく分からないんだけど…」


一旦、言葉を区切る。


「…その剣で斬ってくれない? 見えなくなったっていいよ。もう、何も見たくない。ただ心静かに生きたいんだ」


「出来ません」


聖剣士は、きっぱりと言った。


「なぜ?」


「『時空』は…貴方を恐れています」


「聖剣が?」


「はい。聞いてください、この音を…」


2人が沈黙した静寂に、カタカタと金属の鳴る音がかすかに聞こえた。


その音は、次第に大きくなった。


ガタガタッガタガタッ…!



ガタガタガタガタッ!!



ガタガタガタガタガタッ!!!



ガタガタガタガタガタガタガタッ…!!!!



そして、遂には。



錆びた剣は布袋から飛び出し…。



…パッ、リーン!!!



空中で、粉々に飛散した。






*(8)で(7)を添付し忘れたので、2話分添付しています。




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