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1番目アタール、アタール・プリジオス(24)旭光の蒼星眼
*
朝食の皿をアリエルに渡すために腰を上げたロエーヌは、立ち上がったまま、準司祭を見つめた。
彼女の『祝福の蒼』の瞳が、室内を照らし始めた月光に神秘に輝く。
その聖なる美しさに見惚れながら、イオクは唇を舐めて告げる。
「お子様の瞳のことです」
ロエーヌはちらりとアリエルに視線を投げる。
彼の側には、彼を挟むようにして、パルムと『幽体』のアタール・プリジオスが寄り添っていた。
「…承知しました。お話しください」
ロエーヌは、イオクを促す。
イオクは畏まって、再び話し始めた。
*
エクトラスが治療と養生のために、この教会に寝泊まりするようになって3日目。
やっと雪が止んだ。
早朝から強い日差しが雪を眩しく煌めかせ、白銀に染み込むほどの青空が世界を覆っている。
イオクは扉を叩き、エクトラスと赤ん坊のいる部屋に朝食の膳を持って入った。
「こら、レミ。クスリルどのは、お忙しいのだぞ」
食膳を置いて、部屋を出て行こうとしたイオクの袖を小さな手が掴んでいた。
エクトラスの息子のレミエラスだ。
人懐こい顔で微笑み、一生懸命に話しかけてくる。
「…しゅーきゅッ、しゅーきゅッ、とぉーとぉ、しゅきゅ! 」
「おぉーい、レミ! お前のお父さんは、僕だろう?」
笑いながら、エクトラスが語りかけると、今度は彼のほうを見て、嬉しそうに話す。
「…しゅーきゅッ、とぉとぉ、しゅきゅッ! とぉとぉ、しゅきゅ! 」
「そうか! 僕のことが好きか! ありがとう! レミ! 僕もお前のことが大好きだ!」
「とぉとぉ、だぁしゅきゅ! 」
「うんうん。お前も僕が大好きか、嬉しいぞ、嬉しいぞぉ!」
本当に嬉しそうに、エクトラスは赤ん坊に頬擦りしてぎゅっと抱きしめた。
「とぉとぉ、と、と…」
苦しそうにしながらも嫌がらず、父に頬擦りされている。
そのときだった。
雲が割れて明るい光が窓から差し込み、赤ん坊の顔を照らした。
「あ、瞳が…青く」
イオクは思わず声に出していた。
つぶらな瞳は、父親と同じ栗色だったはずだ。
それなのに、朝日を浴びた途端、西空に力強く残る明け方の星のようにキラリと青白く光ったのだ。
「…綺麗な2つ星でしょ? この子の瞳は、“希望の星”なんだ」
赤ん坊の父親は、一瞬恍惚と、遠い目をした。
「お母さんに、感謝しないと。ねぇ? レミ」
そして、赤ん坊に投げかける。
レミエラスは、父親に縋り付いて嬉しそうに笑う。
「…しゅーきゅッ、しゅーきゅッ、きゃーきゃ、しゅーきゅッ!」
「はは…そうか。きっとお母さんも『好き』だよって、喜んでるぞ」
「…きゃーきゃ。しゅきぃッ…? しゅき? すぅ、すぅきっ!」
「お? はは。ちゃんと『好き』って言えたな、お利口だ!」
楽しそうに笑うが、エクトラスの顔色はだんだん悪くなっていく。
抱いていた赤ん坊を布団の上に座らせると、鳩尾のあたりを押さえ、ぐっと目を閉じて苦しそうに息を止め、寝台の上で半身を前に倒して震えた。
「エクトラスどの!」
イオクは急いで彼に寄り添い、背をさすった。
「痛みますか…?」
額に汗を浮かべながら、青年は頷くように頭を何度か揺すった。
息が上がる。
エクトラスは歯を食いしばって、何とか顔を上げると、辛そうに苦笑した。
「…参った、ここまで…激しく痛むのは、初めてで。いよいよ…最期が、近づいてきたの…かな」
「今、煎じ薬を差し上げます。少しは楽になると思いますから…」
「すまない…」
彼は苦痛に歪んだ顔を、また下げる。上げているのも辛いのだろう。
「とぉとぉ…??」
「…あぁ…レミ、ごめん、よ」
青白く光る息子の両眼を、申し訳なさそうにエクトラスは見つめる。
赤ん坊は父親に近づき「とぉとぉ」と呪文のように呟きながら、不意に膝で立った。
そして、父の頭に小さな手をやり、一生懸命に動かし、撫で撫でをした。
「とぉーと、しゅき、だぁすぅき!」
瞳がキラキラして、本当に星のようだと、イオクは思った。
エクトラスは驚いた目をしていたが、やがて口元を綻ばせ、静かな声を震わせながら、イオクに言った。
「レミの、この奇跡の瞳はね…『旭光の蒼星眼』、と呼ばれているんだ…朝日に輝く…美しい特殊眼。この子の心も、同じ目を持っていた母、ミューフィのように…美しい、のだろうね…」
「奥様は…お亡くなりに?」
「ああ…この子を産んで、まもなくね…」
「…左様で」
「ああ、それにしても…僕は…人と…こんなふうに、話をするのも…久しぶり、だな」
エクトラスは、荒く鼻を啜った。
…話をする相手もおらず…ずっと、1人で抱え込んできたのだろう…と、イオクは彼を思いやった。
イオクは、彼に痛みを和らげる煎じ薬を飲ませた。
彼は素直にそれを飲み込んだ。かなり苦味のある薬だったが、何も言わずに飲んだ。
食事も時間をかけてゆっくりと咀嚼しながら飲み込み、消化した。
美味しくはなかったと思う。
それでも喜んで「美味しい」と言って食べてくれた。
「とぉーと、しゅき。だぁすぅき!」
レミエラスの明るい声に心を癒されながら、青年司祭の頬にわずかながら赤みが差してきた。
腹の痛みはあったようだが…。
「こんな…情けない、不出来な、父親なのに…レミは、本当に…優しいね…」
「…お子様が優しいのは、あなたが優しい良い父親だからですよ。不出来などではありません」
エクトラスの自虐を、イオクは咎め、褒め称える。
純真な青年は、はにかんで…。
少し目を逸らした。
*
「…もう、やめてくれ」
アリエルは低い声を搾り出す。
「俺には、関係ない…もう、そんな話は聞きたくない」
自分の両耳を手で塞ぎ、アリエルはパルムの広く厚い胸に顔を埋めるように押し付けた。
しかし、傍にいたアタール・プリジオスはロエーヌのほうに顔を向け「続けさせよ」と指示をする。
「…アリエルよ。塞ぐな、全部聞いておけ!」
そして、己の、“200番目”の弟子に向かい、強くそう言い放った。