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休職銭湯日記⑰渋谷をいい、と思う気持ちと「改良湯」
二月のサ道は苦しい。気温2℃の中、11℃の水風呂に入るために、空気の冷たさで頭痛を覚えながら、私は渋谷駅から恵比寿方面に向かった。15分ぐらい歩いて、渋谷と恵比寿のちょうど中間に「改良湯」はある。
券売機に千円札を入れたところ、何度も返ってくる。
「新札はフロントで払うみたいですよ。」
20代らしきカップルの男の子の方が教えてくれた。二人ともストリート系ファッションで、ほどよく気が抜けていて、都会的でお洒落だ。本当にここはいつ来てもお洒落な若者が多い。銭湯というよりクラブやライブハウスに来た気分になる。音楽は流れていないのに、ヒップホップやシティポップ、ジャズが脳内で再生される。文化的な場所だ。カップルに先ほどのお礼を言って、女湯の暖簾をくぐる。
2月9日の改良湯は優しかった。熱風呂はさほど熱くなく、炭酸泉はさほどぬるくなかった。本日のお湯は「エプソムソルト」だった。成分名は「硫酸マグネシウム」で、塩の名がついているが、食塩は含んでおらず、見た目が食塩に似ていたためその名がついたという説明書きを読む。
暗闇の中に、青い光。イタリア・カプリ島の「青の洞窟」を思わせる。今日は人が多くて断念したけれど、サウナ室は確かヒーリングミュージックのような音楽が流れていたと思う。地下の深い、深いところに潜っていくような感覚を味わえる。シックでいて、何一つ無駄がない。すべてが完璧だ。
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私は社会人の前半部分を渋谷で過ごしたせいもあるが渋谷が大好きだ。当時三軒茶屋に住んでいた。上京してきた当初は、汚い街だと思っていたが、新宿(主に歌舞伎町)、池袋など、東京の繁華街を知るにつれて、渋谷はポップで軽快で安全な場所、と思うようになった。道玄坂のラブホ街をいとおしくすら思えるようになった。先日、センター街の居酒屋での飲み会に向かうためスクランブル交差点で信号待ちをしていたが、この瞬間のワクワク感を忘れたくなくて、外国人観光客でもないのに、スマホで写真を撮ってしまった。日々は流れてしまうから、大事な瞬間は切り取って、心の奥にしまっておきたい。
終電で繰り出して 渋谷で待って
急いで 暗い用の顔を 上から塗って
なんならそう 男だけそれ間違いで
遊んで抱かれたい stick in time
改良湯の帰り道、Suchmosを聴きながら、湯冷めしないように早歩きで渋谷駅に向かった。渋谷の街はSuchmosがよく似合う。
私は35歳になったけれど、ずっと渋谷を好きでいたいと思う。自分だけの感性は自分で守り抜きたい。その感性を磨いていくためにも、これからも改良湯に通うだろう。