食物連鎖について
突然だが、派閥の話である。
とはいえ政治とカネとかそんな話ではない。いや、ある意味関係あるのか?
社内政治の話である。
遥か昔、肉食系男子、草食系男子という言葉が流行ったが、まあ。詰まるところ、世の中には捕食者と被捕食者の関係の成り立つ人々がいる。
人は常に縄張り争いをしていて、会社というのはサバンナよりもよっぽど無慈悲なのである。
御託は置いといて本題に入ろう。
私が利用している訪問看護の会社の社内政治が激化している。
とはいえそれに是非を問うつもりも、実況するつもりもない。主婦の井戸端会議のような話題を求めて此処を覗きに来てしまった人は申し訳ない。人間社会とは、縄張り争いをするものなのだ。
さて、そんな私が何を言いたいのかというと、もしも私が社内政治に巻き込まれたとして、というシミュレーションストーリーの話だ。
残念ながら、被捕食者側にいる私が生き残るには(自分を鍛える事は勿論の事)、より強い個体に守ってもらうことも考えなくてはならない。
それには、私のことを守りたいと思ってくれている、より強い個体を見つけなければいけない。気に入られなければいけない。間違っても敵と見なされてはいけないのだ。
と、ここで問題がある。
強い個体といえば、捕食者側である。捕食者側には、明らかに敵意を剥き出しにしてくる人達と、罠を構えて蟻地獄の様に逃げられない所に追い込んで来るタイプの人達がいるのだが、これがくせ者なのである。
敵意を剥き出しにしてくるタイプと違って、罠タイプは、その敵意が見えづらい。好かれていると勘違いして近寄って、知らない内に罠に絡め取られてしまうことが少なくない。というか、それが罠タイプの手口なのである。
だったら敵意タイプに取り入って守ってもらえばいいと考える人も多いだろう。
しかし厄介なことに、敵意を剥き出しにしてくる人達よりも、罠タイプの人達の方が強いのだ。それはもう、圧倒的である。
ここで2つ言いたいことがある。
私は私を敵と見なした罠タイプから逃れる術を持っていないこと。それと最近発見したのだが、敵意/罠のハイブリッドタイプがいるらしいということだ。
まず1つ目、罠タイプから逃げられない件については簡単である。
罠タイプへの対処は敵意を持たれたときの逃げ足が何よりモノを言うのだが(だって当たり前だ。罠にかかる前に逃げてしまえば何も出来ない)、私は逃げ足という言葉を知らないのだ。
人に敵意を持たれても、敵意を持たれていると気づくことが出来ない。
これは大きな欠点である。動物としての生存本能が死んでいる。
それは追々、少しずつ鍛えることしか出来ないのだろう。
2つ目、ハイブリッドタイプの話であるが、これは難しい。
まず、論じることが出来るほどに、私はこのタイプを知らない。発見例が1人しかいないのだ。今後に期待。要観察である。
さて、無償で愛情を注いでくれる人達の中で生活すること、もう三年目である。
最近やっと、自分にも好き嫌いがあることに気がついてきた。
例えば「自分と似ている、けれど自分よりも上手の人は嫌い」だとか、「自分と違った、けれど会話が問題なく進む人が好きである」とか。
同族嫌悪という言葉の意味を、やっと知ることになった。
逆にこんな人が好きだという言葉の意味も、理論的に理解し始めた。
今までは本能の赴くままに優しい(そう見える)人を、好き好き大好きーと言っていたが、人間関係とは論理的かつ合理的に成り立っているものであるのかもしれない。
いずれ「好き」についての話もnoteでしたいが、まだ体験例が少なすぎる。そういうものがあるのかもしれない、位しか分からない。今のところの経過報告である。変わるかもしれない。
少しずつ、人間社会というのを学習し始めている。
変われるかもしれないし、変われないかもしれない。
この環境に身を置けることには感謝しかないし、私なりに、感謝を示しているつもりだ。足りないのかな、不安である。
変われるといいなと思う。
今の環境に身を置いてしみじみ、自分は今まで何も知らなかったことに気がついた。
慈愛とか人を大事にする気持ちとか、そういう、人間が持つべき当たり前の前提条件のことだ。
……ちょっと臭いな。
まあ、そんなわけでボチボチ頑張ります。
支援者とは名ばかりのマニピュレーターに翻弄された半生に思いを馳せて、自分と周りの、未来の愛と平和の為に。
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